出会った人たちに導かれて。少しでも生きやすい社会になるように
私の専門は、母性看護・助産学です。学生時代、小児看護学の実習で大阪府立病院に行ったとき、受け持ち患児と同じ病室に被虐待児が入院していました。繰り返される骨折による入院でしたが、誰も面会に来ません。毎日母親が面会に来て、学生の私にまで入院中の様子やリハビリの進捗を聞いてくる患児の家族もいる中、同じ命なのに、どうしてこうも運命に左右されるんだろうとやりきれない思いになりました。虐待を受けている子どもたちの具体的な日常生活にそれまで気づいていなかったんですね。子どもたちが虐待によって受ける怪我や心の傷に対してだけでなく、自分がこういう現実を知らずに生きてきたことにもショックを受けました。
その後、助産師教育を受けていた時、性教育について研究する同級生グループがありました。性教育は知識やマナーを教えるだけでは足りないと思いつつ、足りないものが何なのか上手く言葉にできないという思いを抱いていました。それから、今の大阪母子医療センター、西成区の保健センターでの勤務や大学院を経て、大阪府立大学に入職しました。医療や福祉の現場で働いている人たちは、それぞれのフィールドで最善を尽くしておられるのに、サポートの仕組みからこぼれる人がいることに心が痛みました。保健センターでは、セックスワーカーの人ともたくさん出会いました。家族とうまくいかなかったり、故郷を離れざるを得なかったりした人がたくさんいて、血縁ではなく地域の互助や共助で生活している人がいました。サポートが必要なのに、サポートの仕組みが整っておらず困っている人たちがいます。困っている人を困った人と責めるだけの社会に疑問を感じました。
医療、保健、福祉の領域に関わってきて、一つの分野だけでなく医療、保健、福祉すべてが同じまなざしをもって支援していく必要があると思ってきましたので、子ども家庭庁には期待しています。困っている人は、どこかに相談することさえ難しい。勇気を出して起こしたわずかな言動を確かに受けとって、つなげていく人が子どもたちの周りに増えれば救われる人は多いと思います。反対に、わずかな言動を見逃し、「それはここでは対応できません」という人や仕組みがまだあるとしたら、その子どもは、もう誰も信用することはできなくなってしまうと危惧しています。
包括的セクシュアリティ教育の出張講義は、自分の研究に基づいて組み立てた授業の反応を直接見ることができるところが魅力です。子どもたちや教師から感想を書いてもらうのですが「きれいごと言っているけど、私のことどれだけ助けてくれるの」といった感想もあります。「本当にそうやな、1回や2回、きれいごとを話しても何の助けにもならないよな」と思うこともあります。でも誰か1人でも救いになるのであればと思い続けています。「今まで自分がモヤモヤしてしんどいなと思っていたことを言葉にしてもらって、なんか救われました」という声もたくさんもらえるんですよね。少しでも子どもたちや子どもを支援する方たちに役立つことはないか、というのが私の研究のモチベーションになっています。
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プロフィール

看護学研究科 看護学専攻 准教授
看護学研究科 看護学専攻 准教授
博士(人間福祉)。2001年大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻博士前期課程修了。2014年関西学院大学大学院人間福祉研究科博士後期課程修了。2014年大阪府立大学大学院看護学研究科講師、2018年同大学大学院看護学研究科准教授を経て2022年より現職。
母性看護学・助産学を専門とし、子ども虐待予防、家族・子育て支援、多職種連携などを研究。
大阪府下の学校・福祉施設などでの思春期における包括的セクシュアリティ教育実践者育成のための教育支援を行う。
2021年第73回保健文化賞受賞、2016年第5回健康寿命をのばそう!アワード(母子保健分野)厚生労働省雇用均等・児童家庭局長優良賞受賞
※所属は掲載当時