OMU

ハレー彗星に導かれた私の研究者人生

30年近くにわたり衛星航法(GNSS)を研究している私ですが、子どものころから宇宙には強い興味を持っていました。夜空の星を見るのが大好きで、小学生のときには親に買ってもらった望遠鏡で、月や惑星、星雲を見るのが毎夜の楽しみでした。大学で理学部宇宙物理学科に進んだのも、宇宙の研究をしたいという想いからです。20歳のときには、76年ぶりに地球に最接近したハレー彗星を観測するため、沖縄の石垣島まで行ったりもしました。彗星や惑星の起源、宇宙のはじまりなどに興味があった私は、そのままであれば宇宙物理の道に進むはずでした。 

しかし、やむを得ず1年間浪人することになり、その間に出会った1冊の本が、私のその後の人生を決定づけることとなります。『彗星と生命』というタイトルのその本には、「地球の生命の起源は、太古の彗星からやってきた可能性がある」と書かれていました。現在では多くの学者が生命の宇宙起源説を唱えていますが、当時は非常に新鮮な主張でした。さらに、その本の筆者である藪下 信先生は、私がいた京都大学 工学研究科数理工学専攻の教授だったのです。本に感銘を受けた私は、藪下先生のもとで研究したいと考えるようになり、1年後、先生の研究室に入ることになりました。 

私が主に研究室で担当していたのが、さまざまな彗星の軌道計算です。彗星の軌道は、太陽系の近くを他の恒星が通ることで変化します。さらに銀河系全体の重力も影響を及ぼすため、そのことも踏まえて軌道を計算する必要があります。今ではコンピュータのシミュレーションで誰でもすぐに軌道を求めることができますが、35年前は彗星の軌道に影響を与える要素がわかり始めたころで、毎日面白さを感じながら計算していました。 

現在は人工衛星の軌道計算を日々行っていますが、その知識とスキルは藪下先生の研究室で培われたものです。大学院を修了した後、科学技術庁の航空宇宙技術研究所に就職しましたが、それも藪下先生の紹介がきっかけでした。当時、航空宇宙技術研究所にはアメリカで学位を取得し帰ってきた研究者がおられ、黎明期のGPSやGNSSを彼らともに研究をすることになったのが、今私がメインで研究している衛星航法との出会いです。まだ日本に衛星航法の研究者はほとんどおらず、そこから35年間、凄まじい技術の発展を最前線で見られたことは、研究者として幸せなことでした。 

ハレー彗星に導かれ衛星航法の研究に長年取り組んできましたが、この分野はこれからさらに発展し続けることに違いありません。衛星航法を活用したさらなる社会の進歩に、研究を通じて少しでも貢献できれば嬉しく思います。

プロフィール

2402_omuom_tujii_profile

工学研究科 教授

辻󠄀井 利昭

工学研究科 航空宇宙海洋系専攻 教授。 

博士(工学)。専門は、航空宇宙工学、計測工学。
1991年、京都大学工学研究科数理工学専攻修士課程修了。同年、科学技術庁航空宇宙技術研究所研究員。2013年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)主幹研究員。2018年、大阪府立大学航空宇宙海洋系専攻教授を経て、2022年より現職。衛星航法(GNSS)を用いたセンチメートル・レベルの測位や姿勢推定、空飛ぶクルマなど将来モビリティの自動運航を実現する航法システムの研究を行っている。最近は、低軌道衛星(LEO)コンステレーションの利用技術の研究にも取り組む。

研究者詳細

※所属は掲載当時

関連記事

24.03.14

相互理解を深めるには、まず、相手の文化の言葉で話すこと|知識のための基礎知識03

OMU

24.01.10

臨床での経験が、獣医再生医療への情熱を掻き立ててくれた|わたしと学問の出会い06

OMU

23.12.20

実物に触れて体験することが自分の世界を広げてくれる|わたしと学問の出会い05

OMU

おすすめ記事

24.04.11

少子高齢化時代の都市と暮らしのあり方とは?令和時代のマンション問題に迫る

Social

法学部法学科 准教授 吉原 知志 

24.02.07

被災者をワンストップで個別に支援する、「災害ケースマネジメント」の必要性とは

Social

文学研究科 准教授 菅野 拓 

24.03.28

農作物の収穫量を左右する栄養素その吸収と感知のメカニズム

Nature

農学研究科 応用生物科学専攻 教授 髙野 順平 

記事を探す