ナノ化学システム工学グループ
なぜ、どんな研究をどのようにしていますか
当研究グループでは、最先端のナノ流体デバイス技術を用いて、新しい化学工学を切り拓く研究を行っています。
私たちの身の回りにあるあらゆる物質は、分子やイオンといった、ナノメートル(10億分の1メートル)サイズの小さな構成要素からできています。もし、これらを思いどおりに観察し、運び、並べ、反応させることができれば、これまでにない物質生産技術、医療技術、環境技術、次世代エネルギー技術の実現につながります。
しかし、液体の中にある一つひとつの分子やイオンを詳しく調べ、意図した位置・順序・タイミングで自在に操作し、その動きや反応を精密に制御して、新しい物質をつくり出すことは、これまで極めて困難でした。
そこで当研究グループでは、ナノメートルサイズの微小空間を利用するナノ流体デバイスを基盤技術として、液体中の分子・イオン・ナノ物質を精密に輸送・解析・操作・制御・合成・分離するための新しい原理と技術を開発しています。
さらに、こうした研究を体系化し、「ナノ」・「化学」・「システム」を分子スケールで融合する新たな学術領域、「ナノ化学システム工学」の創成を進めています。その発展の先には、単一分子レベルで化学を自在に設計・制御する新しい化学の概念「1分子制御化学(SMRC)」と、その工学体系である「1分子制御化学工学(SMRChE)」があります。私たちは、これらを世界に先駆けて提唱し、新たな学術体系として確立することを目指しています。
研究対象は、低分子、生体分子(DNAやタンパク質など)、エクソソーム、ウイルス、ナノ粒子、量子ドット、二次元物質など多岐にわたります。また、化学工学を中心に、基礎化学、分析化学、材料科学、ナノ医療、神経・脳科学、合成生物学、エンジニアリング・バイオロジー、光・量子科学、情報科学、データサイエンス(AI・ビッグデータ)など、多様な分野を融合しながら研究を進めています。
私たちは、分子・イオン・ナノ物質を自在に設計・制御する新しい学術と未来の技術を創出することで、病気の超早期診断、新しい創薬、環境浄化、省エネルギー技術、持続可能な社会の実現など、人類共通の課題の解決に貢献することを目指しています。

具体的には
化学工学は、これまで社会の「モノづくり」を支えてきた学問です。現在では、その役割はさらに広がり、環境・エネルギー問題、医療・創薬、健康長寿社会など、世界が直面するさまざまな課題の解決にも貢献しています。
こうした課題に挑むためには、従来の化学プロセスを単に小さくするだけではなく、分子やイオンを一つひとつ扱えるほどの精度まで高めることが重要です。
当研究グループでは、数センチメートル四方のガラス基板上に微細な流路ネットワークを加工する「トップダウン型」の方法と、分子レベルからサブナノメートルの流路ネットワークをその場で組み上げる「ボトムアップ型」の方法の両方を用いて、超微小な「化学・バイオ実験室」をつくっています。
これらが、私たちの研究の中心となるナノ流体デバイスです。
その流路幅は、数オングストローム(Å)から数百ナノメートル(nm)程度で、ヒトの髪の毛の太さの数百分の1から数千分の1ほどしかありません。このような極めて狭い空間では、普段の大きな容器の中では見えなかった、分子やイオンの特別な性質や挙動が現れます。
私たちは、このナノ流体デバイスを使って、フェムトリットル(1兆分の1ミリリットル)やアトリットル(1000兆分の1ミリリットル)という極微量の液体を扱いながら、分子やイオンを輸送し、調べ、操作し、反応させ、分離・検出する技術を開発しています。
これにより、従来は大量の試料を必要としていた化学・バイオ実験を極めて小さな空間で行えるだけでなく、1個の細胞や1個の分子にまで迫る新しい化学プロセスが可能になります。
例えば、1個の細胞に含まれる多様な生体分子や分子情報を、極めて高い精度で網羅的に調べることができます。また、溶液中にある多数の分子を1分子単位で直接操作することで、従来の「大量の分子をまとめて扱う化学・化学工学」から、「一つひとつの分子を選び、運び、反応させる化学・化学工学」へと発展させることを目指しています。
さらに、オングストロームサイズの細孔では、イオンや分子の輸送・拡散を原子・分子スケールで制御できます。このような研究は、新しい材料合成、エネルギー変換、環境浄化、さらにはイオンや分子を利用した情報処理へとつながる可能性があります。

どのように社会に役立ちますか
私たちは、「ナノ化学システム工学」の基礎研究と、化学・医療・環境・エネルギー・情報など幅広い分野への応用研究を通して、次のような未来の実現を目指しています。
1.分子から生命までを自在に創る次世代の化学・バイオ・創薬技術
分子を「積み木」のように一つひとつ選び、運び、並べ、反応させることで、従来では困難であった究極的に精密な物質合成を実現し、副生成物や分離・精製工程を大幅に削減する環境にやさしい新しい化学プロセスの創出を目指します。さらに、DNA、RNA、タンパク質などの生体分子や、それらからなる分子システムを微小空間で精密に設計・制御することで、新しい合成生物学やエンジニアリング・バイオロジーへと展開します。これらを創薬・製薬にも応用し、医薬品候補分子の探索・合成・評価から製造までを高精度・高効率化する、次世代の創薬・製薬技術の創出を目指します。

2.超高感度センシングが拓く次世代診断・精密医療
ナノ流体デバイスを利用して、DNAやタンパク質、エクソソーム、ウイルスなどの生体物質を、1分子・1粒子、さらには1細胞レベルで高感度かつ高精度に検出・解析する新しいセンシング技術を開発します。さらに、複数のバイオマーカーを同時に測る多項目センシングや高スループット解析、AI・データサイエンスと融合した高度な分子情報解析へと発展させることで、がんや感染症などの超早期診断、リアルタイム健康モニタリング、そして一人ひとりの分子情報に基づく精密診断・個別化医療の実現を目指します。

3.ナノ空間から拓く次世代エネルギー技術
ナノ空間におけるイオンや分子の特異な輸送現象を利用して、光・熱・濃度差など、身の回りや環境中に存在するさまざまなエネルギーを電気エネルギーへ高効率に変換・回収する新しい技術を開拓します。さらに、ナノ流体デバイスによるエネルギーの生成・変換・輸送・利用を自在に制御することで、体内埋め込み型医療機器や超小型センサーを駆動する微小電源から、廃水や自然環境から未利用エネルギーを回収する持続可能なエネルギーシステムまで、次世代のエネルギー技術の創出を目指します。

4.水をきれいにし、資源を循環させる次世代環境技術
ナノメートルからオングストロームサイズの極微小空間におけるイオン・分子の特異な輸送や反応を利用して、重金属イオン、PFASなどの有害化学物質、医薬品、ナノプラスチックなど、水中に存在するさまざまな汚染物質を高感度に検出し、選択的に分離・除去する新しい環境技術を開拓します。さらに、汚染物質の濃縮・検出・分離・分解を一つのナノ流体システムに統合することで、低エネルギー・高効率な水処理と水資源の循環利用を実現し、持続可能な水環境の創出に貢献します。

5.イオン・分子が拓く次世代の情報処理・脳型計算
現在のコンピュータが主に電子の流れによって情報を処理するのに対し、私たちは、生命がイオンや分子を使って情報を伝達・処理する仕組みに着目しています。ナノ空間におけるイオン・分子の輸送を精密に制御し、それらを情報の担い手として利用する新しいナノ流体デバイスを開発することで、神経細胞や脳の情報処理を模倣した「生体模倣型」・「脳型」情報処理の実現を目指します。さらに、センシング・記憶・演算などの機能をナノスケールで融合し、人間の脳のように少ないエネルギーで複雑な情報を効率よく処理できる新しいコンピューティング技術へと発展させることで、従来の電子デバイスとは異なる次世代の情報処理技術の創出を目指します。

6.化学反応の「瞬間」を捉え、その本質に迫る
「化学反応が起こる瞬間、分子に何が起こっているのか?」――この化学の根源的な問いに挑みます。ナノ流体デバイスと超高速・超高感度な光計測技術を融合し、溶液中の一つひとつの分子を自在に操作しながら、分子同士が出会い、衝突し、化学結合が切れたり生まれたりして新しい分子へ変化していく反応の瞬間を、1分子レベルで直接観測することを目指します。こうした「1分子反応ダイナミクス」という新しい視点から化学反応の本質と法則を解き明かし、将来の化学、触媒、材料、創薬、生命科学を支える新たな学理の創成を目指します。
