院生・修了生の声 vol.2

角田 志穂 さん
2024年度 博士前期課程修了
2025年度 博士後期課程入学
1. この研究科に進学した動機を教えてください。
元々、学部を卒業する際、先生から大学院への進学を勧められていたのですが、経済的な事情や将来への不安からいったん諦めました。
その後、数年間は東京で働いていたものの、色々あって心身ともに限界を感じるようになり、「どうせなら、死ぬまでに一度くらい好きなことをやってみたい」と思い立って、進学を決めました。
中国仏教や道教に関心があったので、道教学会の理事を務められている先生方の論文を片っ端から読んだり、『東方宗教』の論文を読み漁ったりして、自分の興味の方向性を整理しました。その上で経済的な事情も考慮し、国公立大学に絞って検討し、自分の関心に合った研究をされている先生がいる大学を三つほど選びました。
関東圏の大学も候補には入っていたのですが、関東にはほとほと嫌気がさしていたので候補から外しました。一方で、あまり地方に行きすぎると車のない自分には生活が難しいという懸念もあり、都市機能と暮らしやすさのバランスを考えて大阪を選びました。
2. 研究の内容を教えてください。
現在は、明代後期に興った「羅教」という新興宗教について研究しています。日本史の感覚だと「明」と聞いて思い浮かぶのは日明貿易くらいかもしれませんが、実際には室町時代から江戸初期にかけて長く続いた王朝です。
羅教は、16世紀初めに羅清という人物が開いた宗教で、当時流行していた禅宗をベースに、羅清自身の修行体験を融合させて、独自の思想を説いた点が特徴です。
ですが、仏教側からは「仏教の経典や用語を使っておきながら、羅清は僧侶ではないし、説いている教えも仏教から外れている!」と強く非難されました。また、当時の王朝では儒教・仏教・道教以外の宗教は公的に認められていなかったため、後に羅教は弾圧の対象ともなりました。
一方で、羅教の経典を出版する際に官僚が関わっていた可能性があったり、羅教の布教をしたという仏僧の記録があったりと、単に「邪教」と言って片づけるには惜しい面白さがあると思います。こういった良く言えば多様的、悪く言えば放埓な宗教性や、それを取り巻く環境に惹かれて研究を続けています。
3. 現代システム科学研究科に進学してよかったと思える点について教えてください。
現代システム科学研究科・人間科学分野に進学してまず感じたのは、制度面での不親切さでした。この分野には学部に該当する学類が存在しないため、内部進学の道がほとんどなく、実際には外部や留学生頼りで成り立っている印象があります。にもかかわらず、大阪府の学費無償化制度は「府内に3年以上在住していること」が条件となっており、進学のために府外から引っ越してきた学生には適用されません。さらに、博士後期課程にはこの制度そのものが使えず、結局、修士・博士ともに大学独自の減免制度に申請せざるを得ませんでした。こうした事情のため、「現代システム科学研究科に進学してよかった」と素直に思うのは難しい部分があります。
とはいえ、教員の方々は個性的で面白く、学びの多い時間を過ごせましたし、事務の方々も親切で、とても助けられました。また、市大側の図書館は比較的資料が揃っていて使いやすく、研究には良い環境だったと思います。制度面の不満は残りますが、自分の興味にじっくり取り組むことができたという意味では、進学してよかったと今では思っています。
4. ご自身の研究が社会にとってどのような意味をもつのか、またご自身の研究から広がる可能性について教えてください。
昨今「トランスファラブルスキル」といった概念が唱えられていますが、そもそも学問は社会に役立つ必要があるのか、という疑問を覚えます。
しかし、数年の会社勤めを経て大学院に戻った今、「社会に関与しない学問」が一体どうして人に影響を与えることができるだろうとも思うのです。
今後も中国思想という学問が続いていくためには人は勿論、お金も必要です。興味を持ってもらうには、予算を出してもらうには伝え方や行動を常に考えなければなりません。
とはいえ、中国思想など知らなくても人は生きていける、というのが人文学の苦しい現実です。それでもあえて、私の研究の社会的意義を言葉にするならば、漢字が輸入品であることは知られていても、その漢字で記された書物や思想が日本に伝わり、日本人の価値観や行動様式に影響を与えてきたことは、あまり意識されていないように思います。
私の研究は、そうした思想が中国ではどのように生まれ変化してきたかを辿るものです。それらを分析し理解することは、これまで日本人が何をどうやって考えてきたかを見つめ直し、これから何を考えるべきかの手がかりになるのではないでしょうか。
5. この研究科に進学しようとする学生に対して何かメッセージがあれば教えてください。
大学院生の生活は、「売れない芸人」に近いように思います。収入は不安定、将来の見通しもなく、「好きでやってるんでしょ」と片づけられがち。モデルケースも乏しく、情報も少ない。そのうえ学生は生活保護も受けられず、社会保険や労働保険にも入りにくいなど、なかなかハードです。
私自身、会社勤めを経験したことで「サラリーマンは向いていない」と痛感したこと、勉強が苦にならない性格に気づけたことで、わりと元気に院生生活を続けていますが、これは決意というより諦観に近いかもしれません。大学院生は病みやすいと聞くのも非常に分かります。
でも、こうしたことは人に言われて頷けるものではなく、自分で経験して納得できるものだと思います。だからこそ、進学する、しないは知らない誰かの言葉ではなく自分自身で決めてほしいです。それでもあえて言うなら「自分の可能性が広がる」と思う方向に動いてみるのが一番じゃないでしょうか。