最新の研究成果
電流なしで磁石に吸着!らせん状キラル分子の新原理を発見――不斉合成や分子生物学への応用に期待――
2025年10月30日
- 工学研究科
- プレスリリース
ポイント
◇次世代量子エレクトロニクスの重要材料「キラル分子」の新たな原理を発見。
◇これまで電流を流さなければ磁石の性質を持たないと考えられてきたキラル分子が、熱による分子の振動によって自ら磁石の性質を持つ仕組みを発見。
◇物理学で培われたスピン科学の概念が化学・生物学へと拡張し、学際的応用が期待される。
概要
東京大学物性研究所の三輪真嗣准教授、産業技術総合研究所ハイブリッド機能集積研究部門の山本竜也主任研究員、名古屋大学大学院工学研究科の大戸達彦准教授らによる研究グループは、大阪公立大学の木村健太准教授、分子科学研究所の山本浩史教授と共同で、未解明であった「らせん状の形をしたキラル分子※1が磁石と相互作用する原理」を発見しました。
本研究により、キラル分子が分子振動を通じて自らスピン※2を獲得し、その結果、キラル分子と磁石の間に層間交換相互作用※3がはたらくことで、キラル分子が磁石に吸着することが明らかになりました。これまでにも、キラル分子が磁石のような振る舞いを示すことは報告されていましたが、電流を流さない限りキラル分子は磁石の性質を示さないと考えられており、その起源は不明のままでした。今回発見した仕組みは電流を必要としないため、化学反応や生体内など、身近な環境でも普遍的に起こり得ます。これまで不斉合成や創薬といった化学分野、さらには光合成やバイオセンサーに関連する生物学分野では、主にキラルな形そのものが注目されてきました。今回の成果は、物理学で重要視されてきたスピンの概念が、キラリティが関与する化学や生物学においても重要であることを示唆しています。これにより、学問分野の再構築や新たな学際的応用の展開が期待されます。
キラル分子が磁石に吸着する新原理
掲載誌情報
【発表雑誌】Science Advances
【論文名】Spin polarization driven by molecular vibrations leads to enantioselectivity in chiral molecules
【著者】S. Miwa*, T. Yamamoto, T. Nagata, S. Sakamoto, K. Kimura, M. Shiga, W. Gao, H. M. Yamamoto, K. Inoue, T. Takenobu, T. Nozaki, and T. Ohto* (*責任著者)
【掲載URL】https://doi.org/10.1126/sciadv.adv5220
資金情報
本研究は、科学研究費助成事業基盤研究(S)「キラル分子スピントロニクスの研究(課題番号:25H00414)」、学術変革領域研究(A)「キメラ準粒子の分子科学(課題番号:24H02234)」等の支援により実施されました。
用語解説
※1 キラル分子
左右の手のように、あるものとその鏡像とを重ね合わせることができない構造を持つ分子を「キラル分子」と呼びます。この性質は、左手と右手、あるいは右巻きと左巻きのコイルに例えることができます。分子における左右の違いのことをキラリティといいます。生体を構成する多くの分子はキラル分子であり、そのキラリティは化学反応や創薬において重要な役割を果たします。実際、薬としてはたらく分子の多くがキラルであり、右手系の分子は薬効を示す一方で、左手系の分子は毒性を示す場合もあります。そのため、分子の「左」と「右」を正しく作り分けることは非常に重要です。このキラル分子を区別して作り分ける技術を確立した功績により、2001年のノーベル化学賞は、野依良治博士、ウィリアム・ノールズ博士、バリー・シャープレス博士に授与されました。
※2 スピン
物質をつくる基本的な要素である原子は、中心にある原子核と、その周りを回る電子から成り立っています。電子は電気を運ぶだけでなく、小さな磁石のような性質も持っています。この性質は「スピン角運動量」や「スピン磁気モーメント」と呼ばれ、磁石材料における磁極の主要な起源となっています。電子が磁石の性質を持つ理由は、電子が原子核の周りを回りながら、自らもコマのように自転することに例えられます。
※3 層間交換相互作用
磁石の層と層の間に非磁石の層を挟むと、その非磁石の層を介して両方の磁石層のスピン(磁極、すなわち磁石のN極・S極の向き)が互いに平行あるいは反平行にそろうことがあります。この現象は層間交換相互作用と呼ばれ、量子力学的な効果に由来します。特徴として、挟み込まれた金属層の厚さによって、その強さや向きが変化することが知られています。層間交換相互作用の発見は、巨大磁気抵抗効果の発見につながった重要な成果であり、さらにスピントロニクスの分野では、不揮発性磁気メモリ(MRAM)の材料開発に欠かせない要素技術としても広く知られています。
研究内容に関する問い合わせ先
大阪公立大学大学院工学研究科
准教授 木村 健太(きむら けんた)
TEL:072-252-6187
E-mail:kentakimura[at]omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
報道に関する問い合わせ先
大阪公立大学 広報課
担当:谷
TEL:06-6967-1834
E-mail:koho-list[at]ml.omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
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