最新の研究成果
ホーチミンにおける植物由来の燃焼によるPM2.5発生源を解析 ~指標成分の大気中における変質と消失を考慮した新たな知見~
2026年5月14日
- 現代システム科学研究科
- プレスリリース
発表者
大阪公立大学大学院 現代システム科学研究科 Ngoc Tran(ゴ チャン)客員研究員、藤井 佑介准教授、竹中 規訓教授、ベトナム国家大学ホーチミン市校 To Thi Hien(ト ティ ヒエン)准教授
概要
本研究グループは、ベトナム最大の都市ホーチミンにおいて、大気汚染の主要因である微小粒子状物質(PM2.5)※1に含まれるバイオマス燃焼※2由来成分の特性を調査しました。バイオマス燃焼の指標として広く用いられるレボグルコサン※3は、大気中での化学反応や揮発等により濃度が低下(分解)することが知られていますが、熱帯・亜熱帯地域における定量的な評価は不十分でした。
本研究では、2021年の雨季から乾季にかけて捕集されたPM2.5試料を分析し、レボグルコサンの分解を考慮した補正計算を行ったうえで発生源解析を行いました。その結果、指標成分の分解を考慮しない従来の解析では「農地での野焼き(農業残渣の燃焼)」が主因と推定されましたが、分解の影響を補正した解析では、「広葉樹やその木炭の燃焼」がより支配的な要因であることが示されました。
本研究成果は、2026年3月31日に国際学術誌「ACS Omega」にオンライン掲載されました。
ポイント
- ホーチミンのPM2.5に含まれるバイオマス燃焼の指標成分(レボグルコサン)が、大気中で約88%変質・消失していることを推定。
- 指標成分の減少を補正して解析した結果、主要なバイオマス燃焼源は農業残渣ではなく、調理等に用いられる広葉樹(薪・木炭)の燃焼である可能性が高いことが示唆。
- バイオマス燃焼の発生源は広域的な輸送よりも、都市内部の局所的な活動による影響が支配的であることを確認。

図:本研究の解析イメージとバイオマス燃焼発生源の分類結果
<研究者コメント>
ホーチミンの街角で日常的に見られる調理活動などが、実は都市の大気質に深く関わっていることが、今回の緻密なデータ解析から見えてきました。これまで主因と考えられてきた農地での野焼きだけでなく、都市内部の局所的な排出源にも目を向ける必要性を、科学的なデータで示すことができたと考えています。今後も地域の特性に合わせた精度の高い解析を通じて、東南アジア諸国の環境問題解決に寄与していきたいと考えています(Ngoc Tran 客員研究員)。
東南アジアの都市部における大気汚染対策を考えるうえで、バイオマス燃焼の寄与を正確に把握することは極めて重要です。本研究では、これまで見落とされがちだった指標成分の『大気中での消失』を定量的に評価し、解析に取り入れました。その結果、目に見える大規模な野焼きだけでなく、都市生活に根ざした薪や炭の利用がPM2.5に与える影響が浮き彫りになりました。この知見が、より実態に即した大気環境改善の議論に貢献できることを期待しています(藤井 佑介准教授)。
(左)Ngoc Tran 客員研究員
(右)藤井 佑介准教授
研究の背景
東南アジアでは、森林火災や野焼き、家庭での調理用燃料(薪・炭)などの「バイオマス燃焼」がPM2.5の主要な発生源となっています。特に汚染が深刻なベトナムでは、実効性の高い対策を立てるために「何が・どこで」燃えているのか、その詳細な寄与を解明することが求められていました。また、バイオマス燃焼の指標物質「レボグルコサン」は、熱帯の高温下や化学反応で減少(消失)しやすい性質があります。この消失を考慮しない従来の解析では、発生源を誤って判定するリスクがありました。ホーチミンにおいても、都市内部の活動と郊外からの流入のどちらが支配的なのかを科学的に切り分けるための精密なデータが不可欠でした。
研究の内容
熱帯環境下では、バイオマス燃焼の指標となるレボグルコサンが大気中で約88%消失していると推定されました。この消失を考慮せずに従来のデータだけで解析を行うと、発生源が「農地での野焼き」に偏って判定されることが分かりました。そこで、消失率に基づき濃度を補正する手法を適用し、真の発生源を再評価しました。補正後の解析により、ホーチミンのバイオマス燃焼由来のPM2.5の主因は、農業残渣ではなく調理等に用いられる「広葉樹や木炭の燃焼」であることが明らかになりました。また後方流跡線解析※4などから、これらは遠方からの輸送ではなく市内の局所的な活動に起因していることが強く示唆されました。
期待される効果・今後の展開
本研究で示された「指標成分の変質を考慮した解析」の有効性は、熱帯・亜熱帯地域における今後の大気汚染研究において重要な指針となることが期待されます。既存の手法を現地の環境条件に合わせて最適に組み合わせ、これまで特定が困難であった「バイオマス燃焼の内訳(種類)」をより正確に評価できることを示したことで、世界各地の都市における発生源解析の精度向上に寄与します。
今後は、本手法を他の東南アジアの主要都市や、異なる季節条件下での調査に応用していく予定です。バイオマス燃焼の種類やその変質プロセスをより詳細に解明することで、域内共通の課題である大気汚染問題の理解を深め、将来的な環境改善に向けた議論に貢献することを目指します。
資金情報
本研究は、平和中島財団(アジア地域重点学術研究助成)、JST-SPRING Program(JPMJSP2139)、環境再生保全機構 環境研究総合推進費(JPMEERF20245004)の支援を受けて実施されました。
用語解説
※1 微小粒子状物質(PM2.5):大気中に浮遊する粒子のうち、大まかに直径が2.5マイクロメートル(髪の毛の太さの約30分の1)以下の非常に小さな粒子のこと。肺の奥深くまで入り込みやすく、呼吸器や循環器への健康影響が懸念されている。
※2 バイオマス燃焼:植物(薪や木炭、稲わらなど)を燃やすこと。東南アジアでは、調理用の燃料や収穫後の野焼きがPM2.5の主要な発生源となっている。
※3 レボグルコサン:木材などの主成分であるセルロースが燃えるときに発生する物質。バイオマス燃焼の際に特異的に生成されるため、大気汚染の「指標(マーカー)」として世界中で使用されている。
※4 後方流跡線解析:気象データを用いて、観測地点に届いた空気が「過去にどこを通ってきたか」を逆送して計算する手法。汚染物質が遠方から運ばれてきたのか、あるいは周辺で発生したのかを判断する手がかりとなる。
掲載誌情報
【発表雑誌】 ACS Omega
【論文名】 Hardwood Burning as a Dominant Source of Fine Particulate Matter from Biomass Burning in Ho Chi Minh City, Vietnam
【著者】 Ngoc Tran, Yusuke Fujii, To Thi Hien, Norimichi Takenaka
【掲載URL】 https://doi.org/10.1021/acsomega.5c13491
研究内容に関する問い合わせ先
大阪公立大学大学院現代システム科学研究科
准教授 藤井 佑介(ふじい ゆうすけ)
TEL: 072-254-6546
Email: fujii.yusuke[at]omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
報道に関する問い合わせ先
大阪公立大学 広報課
担当:橋本
TEL:06-6967-1834
E-mail:koho-list[at]ml.omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
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