最新の研究成果
新人獣共通感染症の伝播ルートを特定 ~大阪府でアライグマと河川からアルバーティ細菌を検出し比較~
2026年5月22日
- 獣医学研究科
- プレスリリース
発表者
大阪公立大学大学院獣医学研究科 日根野谷 淳准教授
概要
集団食中毒の原因菌として日本でも近年注目されているアルバーティ細菌(学名:Escherichia albertii)は、アライグマをはじめとする野生動物の排泄物を通じて家畜や家禽、農作物を汚染し、ヒトに感染する可能性が指摘されています。本研究では、大阪府において同時期・同地域で、野生アライグマと環境水における本菌の汚染状況を調査し、分離した菌株を全ゲノム配列に基づき高解像度に比較し、その実態を明らかにしました。
本研究成果は、2026年3月24日に国際学術誌「Applied and Environmental Microbiology」にオンライン掲載されました。
図1 アルバーティ細菌をもつアライグマの
イメージと環境水を採取した河川
ポイント
- 2022年8月~2023年10月に大阪府内8水系において環境水を64サンプル採取。そのうち49サンプル(77%)でアルバーティ細菌が検出された。
- 2021年11月~2023年3月に大阪府内で捕獲された野生アライグマ122個体中、68個体(56%)において本菌が検出された。
- 環境水とアライグマから分離したアルバーティ細菌株を全ゲノム配列に基づき比較したところ、アライグマなどの野生動物がもつ本菌により環境水が汚染されている可能性が示唆された。
<研究者のコメント>
本研究は、田上 綾さん(研究当時、学部生)と協力して取り組んだ成果です。アルバーティ細菌の生態解明は始まったばかりですが、本成果はその全体像の理解に向けた重要な第一歩となりました。今後は、より詳細な解析を進め、アルバーティ細菌を含む食中毒(人獣共通感染症)の包括的な理解と対策の構築につなげていきたいと考えています。
日根野谷 淳准教授
研究の背景
多くの感染症はヒトと動物の間で伝播する人獣共通感染症で、食中毒もその一つです。アルバーティ細菌(学名:Escherichia albertii)は、2003年に新種として登録された病原細菌です。世界各地で本菌による食中毒が報告されており、日本では少なくとも11件の集団食中毒が確認されています。一部の株は腸管出血性大腸菌O157の主要病原因子である志賀毒素を産生することから、高い病原性を有すると考えられています。自然界ではアライグマをはじめとする特定の野生動物が本菌のリザーバー(自然宿主※1)としての役割を担い、これらの排泄物を通じて家畜や家禽、農作物を汚染し、ヒトに感染する可能性が指摘されています。アライグマは水辺を好んで行動する特性を持ち、また過去に発生した集団食中毒において水や農作物が原因と推定された事例が複数含まれることから、本研究グループは、環境水が野生動物とヒトをつなぐ感染ルートになっているのではないかと考えました。
研究の内容
本研究では、野生アライグマの捕獲頭数が多い都道府県の一つである大阪府において、同時期・同地域で野生アライグマと環境水(主に河川水)におけるアルバーティ細菌の汚染状況を調査し、分離した菌株について全ゲノム配列に基づく高解像度の比較解析を行いました。調査には、本研究グループが開発した選択的な増菌培養・特異的な定量検出・効率的な分離・簡便かつ迅速な菌種同定が可能なアルバーティ細菌の検査法を使用し、信頼性の高いデータを取得しました。
【河川水中の汚染実態】
2022年8月~2023年10月にかけて、府内8水系から合計64サンプルの環境水を採取しました。吸引ろ過で集菌した後に検査を行ったところ、49サンプル(77%)でアルバーティ細菌が検出されました。水系別では、6水系(75%)で陽性でした。ある河川では、中流域から水源へ連続的に採材したところ、中流域だけでなく上流域や水源付近でも本菌が検出されました。上流域には住居、農場、キャンプ場などがなく、ヒトによる汚染はほとんど考えられません。一方、小川などの表面水は、野生動物の排泄物によって汚染されることが知られています。また、過去の調査では、アライグマの保菌率には季節性があり、冬から春にかけて低下することが分かっています。今回の調査で陰性だった水サンプルは、いずれもこの時期に採材されたものでした。以上のことから、アルバーティ細菌は環境水中に高頻度かつ広範に分布しており、その多くは野生動物によってもたらされた可能性が高いと考えられました。
【アライグマの汚染実態】
野生動物と環境水に存在するアルバーティ細菌との関連性を検証するため、2021年11月~2023年3月に大阪府内で捕獲された野生アライグマ122個体から直腸スワブを採取し検査しました。その結果、68個体(56%)において本菌が検出され、過去の調査と同様に、アライグマが本菌を高率に保菌することが再確認されました。
【アライグマ由来株および環境水由来株の比較系統解析】
環境水およびアライグマから分離したアルバーティ細菌株について全ゲノムシークエンシング※2を行い、病原性や系統的な関連性を詳細に解析しました。その結果、両由来株ともに大きなゲノム多様性を示し、多様なアルバーティ細菌が存在することが明らかになりました(図2)。一方で、両者には系統的なオーバーラップが認められ、SNP※3の数が20未満となる組合せが多数存在しました。さらに興味深いことに、同時期に同一市内で分離された河川水由来株とアライグマ由来株のSNP数が3で、その他の特徴も一致し、ほぼ同一のクローンと考えられる例も確認されました。これらの結果は、当初の仮説である「アライグマをはじめとする野生動物が環境水を汚染している」を強く支持しています。また、すべての分離株がヒトに病気を引き起こすために必要な病原遺伝子を保有しており、中には患者由来株とSNP数が20前後で近縁と考えられる株も存在しました。これらのことから、アライグマおよび環境水に存在するアルバーティ細菌株は、ヒトに病気を起こす能力を有していると考えられました。
図2 アライグマおよび環境水から分離したアルバーティ細菌株の系統解析
出典:Adapted from Hinenoya et al., Appl Environ Microbiol, 2026, ASM. Licensed under CC BY 4.0.
期待される効果・今後の展開
本研究により、アルバーティ細菌が環境水中に高頻度かつ広範に分布していることが初めて明らかになりました。また、野生動物由来の病原体がどのように環境へ広がるのかを理解するための重要な手がかりが得られました。一方で、本研究は本菌の定性的な評価に留まっているため、今後は、環境水に感染リスクがどの程度あるのかについて、定量的な評価を進める必要があります。また、アライグマをはじめとする野生動物から環境水、農作物、食品へと至る具体的な汚染ルートの解明に取り組む予定です。さらに、本研究で得られたアプローチは他の人獣共通感染症にも応用可能なため、将来的にはワンヘルス(One Health)の視点に基づく総合的な感染症対策の構築に向けて研究を発展させていきたいと考えています。
資金情報
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(JP20K06396、JP24K09249)の支援を受けて実施しました。
用語解説
※1 自然宿主:自然界で病原体と共生している宿主。通常、病原体は自然宿主に対しては無害であるが、他の動物種に感染した場合は病気を引き起こす。
※2 全ゲノムシークエンシング:細菌が持つすべての遺伝情報(ゲノム)を読み取る方法。現在利用できる手法の中で最も識別能力が高く、細菌がどのような性質を持つのか、どこから来たのかなどを詳しく調べることができる。
※3 SNP:細菌の設計図であるDNA配列の中で、1文字だけが違う場所をSNP(スニップ:Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)という。SNPの違いを比べることで、親子判定のように細菌同士の関係性や由来を細かく読み解くことができる。一般に、SNPの数が20未満であれば、互いにほぼ同一の細菌であると考えられる。
掲載誌情報
【発表雑誌】 Applied and Environmental Microbiology
【論文名】 Integrated study on the occurrence and genomic features of Escherichia albertii in environmental water and raccoons in Japan
【著者】 Atsushi Hinenoya, Rin Tagami, Sharda Prasad Awasthi, Bingting Xu, Noritoshi Hatanaka, Shinji Yamasaki
【掲載URL】 https://doi.org/10.1128/aem.00076-26
研究内容に関する問い合わせ先
大阪公立大学大学院獣医学研究科
准教授 日根野谷 淳(ひねのや あつし)
TEL:072-463-5676
E-mail:hinenoya[at]omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
報道に関する問い合わせ先
大阪公立大学 広報課
担当:谷
TEL:06-6967-1834
E-mail:koho-list[at]ml.omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
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