最新の研究成果
抗がん剤による吐き気発生メカニズムの一端を解明~吐き気の予防や新たな治療薬開発の手掛かりに~
2026年5月22日
- 医学研究科
- プレスリリース
発表者
大阪公立大学大学院医学研究科脳神経機能形態学 藤居 怜那大学院生、近藤 誠教授
概要
本研究グループは、抗がん剤シスプラチン※1の治療に伴って生じる「吐き気」について、その発生メカニズムをマウスにおいて解析しました。その結果、吐き気はこれまで関与が知られていたセロトニン3受容体(5-hydroxytryptamine type 3 receptor: 5-HT3受容体) ※2とは別の、GDF15※3という分子を介したメカニズムによって引き起こされる可能性を示しました。
本研究成果は、2026年4月20日に国際学術誌「Biochemical and Biophysical Research Communications」にオンライン掲載されました。
ポイント
- これまで直接評価が困難であったマウスの吐き気を、複数の行動指標を組み合わせることで多角的に解析できる方法を確立した。
- 抗がん剤シスプラチンによる吐き気は、5-HT3受容体とは異なるGDF15を介した新たな分子メカニズムによって引き起こされる可能性を示した。
- 抗がん剤治療に伴う吐き気に関する研究の基盤となり、将来的な予防法や治療薬開発につながる重要な知見。

図:本研究の概要図
<研究者コメント>
がんの治療で用いられるシスプラチンの副作用には吐き気があり、がん治療継続のためには十分な対応が必要です。今回の研究から、抗がん剤による吐き気のメカニズムの理解や新たな治療法の開発につながることが期待されます。
研究の背景
がんの治療で使われるシスプラチンは高い抗がん作用を持つ一方で、強い吐き気を起こすことが大きな問題となっています。これまで、抗がん剤治療に伴う嘔吐にはセロトニン3受容体(5-hydroxytryptamine type 3 receptor: 5-HT3受容体) の関与が知られており、実際に臨床現場では、主に5-HT3受容体拮抗薬が嘔吐を抑える薬として使われています。しかし、これらの薬は吐き気を抑えるには十分でない場合があります。
さらに、吐き気の詳細なメカニズムは明らかになっていません。吐き気の研究が進んでいなかった大きな理由の一つは、生体のメカニズムを研究するためによく用いられるマウスでは、嘔吐が起こらず、吐き気を直接評価する方法がなかったためです。これまで、嘔吐と吐き気はいずれも5-HT3受容体が重要と考えられていましたが、近年の研究により、5-HT3受容体の作用だけでは説明できない現象も報告されており、吐き気には別のメカニズムが関わる可能性が指摘されていました。
こうした背景を踏まえ、本研究ではこれらの課題を解決するために、マウスにおいて吐き気を評価する方法を確立し、抗がん剤シスプラチンによる吐き気の新たなメカニズムを解明することを目的としました。特に、近年、がんや妊娠時に血中濃度が高くなるGDF15という物質が、食欲不振に関わる可能性が注目されています。そこで本研究では、従来重要視されてきた5-HT3受容体の役割を検証するとともに、GDF15がシスプラチンによる吐き気にどのように関与しているのかを明らかにすることを目指しました。
研究の内容
本研究では、まず、これまで困難だったマウスの吐き気を評価するために、野生型マウスに抗がん剤シスプラチンを投与し、摂食量、体重、活動量の変化に加え、パイカ行動※4(非食物であるカオリンという物質を摂取する行動)、味に対する嫌悪学習※5(抗がん剤投与時に摂取したフレーバーの味を避ける行動)を調べることで、吐き気の状態を評価する方法を確立しました。
さらに、5-HT3受容体を欠損したマウスを用いて、シスプラチン投与後の行動変化を調べました。その結果、野生型マウスと同様、5-HT3受容体欠損マウスにおいても、シスプラチン投与後に摂食量低下、体重減少、活動量の低下、パイカ行動の増加、味に対する嫌悪学習が見られました。また、シスプラチン投与によって、野生型マウスと5-HT3受容体欠損マウスの両方で、血液中のGDF15濃度が増加していることが確認されました。さらに、吐き気に関わる脳部位(最後野や孤束核)の神経細胞の活性化が確認できました。
これらの結果から、シスプラチンによる吐き気は、従来重要と考えられてきた5-HT3受容体とは別の、GDF15を介したメカニズムによって引き起こされる可能性が示されました。
期待される効果・今後の展開
本研究により、これまで困難であったマウスにおける吐き気の評価が可能となり、今後の「吐き気に関する研究」を進展させるための基盤が整いました。これにより、吐き気のメカニズムの解明が進むことが期待されます。また、本研究はGDF15という分子に注目することで、従来とは異なる視点から、より有効な予防や治療薬の開発につながる可能性を示しました。今後は、既存の薬に加え、新たなメカニズムを標的とした予防法や治療法を組み合わせることで、嘔吐だけではなく吐き気も防ぐことができる可能性があります。一方で、今回の結果はマウスを用いて得られた研究結果であり、ヒトでも同じように働くか、またGDF15の増加を抑えることが本当に有効かは、今後さらに検証する必要があります。
資金情報
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JSPS KAKENHI)、日本医療研究開発機構(AMED)、科学技術振興機構次世代研究者挑戦的研究プログラム(JST SPRING)の支援を受けて実施しました。
用語解説
※1 シスプラチン:がん細胞の増殖を抑える抗がん剤の一つ。多くのがんに効果があるが、副作用として強い吐き気を引き起こすことが知られている。
※2 セロトニン3受容体(5-HT3受容体):セロトニンという神経伝達物質が結合する受容体の一つ。特にがん治療による嘔吐に関与することが知られている。この受容体の働きを抑える薬が臨床で使われており、抗がん剤による嘔吐を防ぐために使われるが、吐き気には十分効かない。
※3 GDF15(Growth Differentiation Factor 15):体にストレスがかかったときに増えるストレス応答サイトカインの一つ。がんや妊娠のときに血中濃度が上昇し、食欲低下に関わる可能性が注目されている。本研究では、抗がん剤シスプラチン投与によってマウスの血中で上昇した。
※4 パイカ行動:本来は食べないもの(カオリンなどの非食物)を摂取する行動。マウスでは吐き気の代わりの指標として使われる。
※5 味に対する嫌悪学習(条件づけ風味嫌悪):ある味を経験したあとに体調が悪くなると、その味を避けるようになる学習現象。吐き気や不快感の指標として利用される。
掲載誌情報
【発表雑誌】 Biochemical and Biophysical Research Communications
【論 文 名】 Integrated behavioral and biological assessment reveals 5-HT3 receptor-independent nausea/malaise-like responses in cisplatin-treated mice
【著 者】 Rena Fujii, Hiroyuki Kawai, Masatake Kai, Makoto Kondo
【掲載URL】https://doi.org/10.1016/j.bbrc.2026.153812
研究内容に関する問い合わせ先
大阪公立大学大学院医学研究科脳神経機能形態学
教授 近藤 誠(こんどう まこと)
TEL:06-6645-3705
E-mail:mkondo[at]omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
報道に関する問い合わせ先
大阪公立大学 広報課
担当:久保
TEL:06-6967-1834
E-mail:koho-list[at]ml.omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
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