最新の研究成果

オスマン帝国における「ミッレト」概念の再検討~宗派共同体とする通説を史料に基づき見直し~

2026年5月28日

  • 文学研究科
  • プレスリリース

発表者

大阪公立大学大学院文学研究科 上野 雅由樹教授

概要

これまでの通説では「ミッレト」という単語が、オスマン帝国政府が非ムスリムの統治を円滑に行うために、公認の宗派共同体を意味する形で、19世紀以降用いた公式の用語だったと理解されてきました。

本研究では、16世紀から19世紀のオスマン帝国の文書史料を幅広く調査し、非イスラム教徒に対してどのような形や頻度で「ミッレト」という単語が用いられていたのか、他の単語とどのように使い分けがなされていたのかなどを調査しました。その結果、帝国の歴史を通じてこの単語が公認の宗派共同体を意味したことはない、ということが分かりました。頻度は少ないものの、遅くとも16世紀から出自や文化を共有する人々の集団を指す単語として継続的に用いられており、19世紀初頭にこの単語が近代的なネイションの意味合いを獲得し、非ムスリムが積極的に用いるようになったことを受けて、広まったことを明らかにしました。

本研究成果は、2026年5月6日に国際学術誌「Nationalities Papers」にオンライン掲載されました。

pr_Millet大統領府オスマン文書館

ポイント

  1. 16~19世紀のオスマン帝国の幅広い文書史料から「ミッレト」という単語の使用状況の変化について調査。
  2. 「ミッレト」が公認の宗派共同体を意味してはいなかったことが判明。
  3. 16世紀から継続的に用いられていたことや、19世紀初頭にこの単語が近代的なネイションの意味合いを獲得し、非ムスリムが積極的に用いるようになったことから使用が広まったことを明らかに。

<研究者のコメント>

歴史のなかには、誰もしっかりと調べていないにもかかわらず、誰もが当然のこととして受け止めていることが数多く存在します。今回の研究ではそうしたことのひとつをじっくり調査してみることで、まったく予想外の事実を発見できました。意外すぎて査読者に受け入れられないのではないかと不安だっただけに、掲載が決まって嬉しかったです。

研究の背景

バルカン半島から西アジア、北アフリカに及ぶ広大な領土を統治下に置いたオスマン帝国(1300年頃〜1922年)では、その歴史の大半を通じてイスラム教徒が人口の多数派と支配層を占めた一方で、宗派的にも民族的にも多様なキリスト教徒やユダヤ教徒が数多く暮らしていました。そのため、オスマン帝国がどのようにして多宗教・多宗派・多民族の社会を統治したのかについては長らく多くの研究者の関心を集めてきました。そのなかで注目されたことのひとつが「ミッレト(millet)」という概念です。1980年代まで研究者は、オスマン帝国は統治下の非イスラム教徒を「ミッレト」と呼ばれる3つの公認の宗派共同体にわけ、それぞれの長に自治権を付与することで間接統治を行う体制を15世紀半ばから帝国の崩壊にいたるまで一貫して維持したと理解してきました。1980年代の研究により、こうした制度は19世紀の状況をそれ以前に当てはめたものであり、オスマン帝国政府が非イスラム教徒の集団を公認の宗派共同体として「ミッレト」と呼ぶようになったのは19世紀初めのことだったというのが通説となりました。しかしながらこれまでの研究は、「ミッレト」という単語の使用状況がオスマン帝国の文書史料で実際にどのように変化したのかをしっかりと調査してきませんでした。

研究の内容

本研究では、16世紀から19世紀のオスマン帝国の文書史料を幅広く調査し、非イスラム教徒に対してどのような形で、またどのような頻度で「ミッレト」という単語が用いられていたのか、他の単語とどのように使い分けがなされていたのかなどを検討しました。その結果、実は、19世紀以降も含め、オスマン帝国の歴史を通じて「ミッレト」が公認の宗派共同体を意味したことはなかったことを明らかにすることができました。これまでの研究が想定していたのとは異なり「ミッレト」は、「人々」や「出自や文化を共有する人々の集団」を意味する単語として、頻度は比較的低いとはいえ遅くとも16世紀から非イスラム教徒の集団に対して継続的に用いられていました。そして、18世紀末から19世紀初頭にこの単語が近代的なネイション(国民、民族)の意味で用いられるようになったことを受けて、一部のキリスト教徒によって積極的に用いられるようになりました。その影響で1805年頃からオスマン帝国の文書でこの単語の使用は徐々に増加し、1830年代には非イスラム教徒の集団を指す最も主要な用語となっていったのです。これまでの研究では、「ミッレト」の頻繁な使用は、非イスラム教徒の統治を円滑に行うことを望む支配層の意向を反映していたと考えられてきたのですが、今回の研究からは、むしろ非イスラム教徒によって使用が広まったことを解明することができました。

期待される効果・今後の展開

オスマン帝国は、歴史のなかの多文化社会に関する最も顕著な事例のひとつを提供しており、なかでもその非イスラム教徒統治のあり方は注目されてきました。今回の発見は、その根幹をなすものとして広く共有されてきた通説を大きくくつがえすものであり、既存の理解の見直しにつながることが期待できます。

資金情報

本研究は、JSPS科研費(23K00870)の支援を受けて実施しました。

掲載誌情報

【発表雑誌】 Nationalities Papers
【論文名】 Millet in Ottoman Documents: Religious, Confessional, or Ethnic/National Collectives of Non-Muslims?
【著者】 Masayuki Ueno
【掲載URL】 https://doi.org/10.1017/nps.2026.10134

研究内容に関する問い合わせ先

大阪公立大学大学院文学研究科
教授 上野 雅由樹(うえの まさゆき)
TEL:06-6167-1420
E-mail: m_ueno-lit[at]omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。

報道に関する問い合わせ先

大阪公立大学 広報課
担当:橋本
TEL:06-6967-1834
E-mail:koho-list[at]ml.omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。

該当するSDGs

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