最新の研究成果
放蝶によるギフチョウへの遺伝的影響はごくわずかだった~関東地方唯一の生息地で遺伝解析を実施~
2026年6月18日
- 農学研究科
- プレスリリース
発表者
大阪公立大学大学院農学研究科 中濱 直之助教、上田 昇平准教授、平井 規央教授、神奈川県立生命の星・地球博物館 渡辺 恭平主任学芸員、富山大学理学部 木下 豪太助教、大阪府立環境農林水産総合研究所 石井 実氏(研究当時:同研究所理事長、大阪府立大学名誉教授) 、東京大学総合研究博物館 矢後 勝也講師
概要
ギフチョウは、環境省のレッドリストで絶滅危惧II類に分類されており、各地で保全の取り組みが進められています。しかし、関東地方で唯一の生息地である神奈川県石砂山では、過去に他産地由来の個体を生息地に放つ放蝶が行われ、遺伝的撹乱※1の問題が指摘されていました。
本研究グループは、神奈川県石砂山に生息するギフチョウの遺伝的撹乱の実態を検証しました。その結果、遺伝的撹乱はほとんど起こっておらず、影響は軽微であったことを明らかにしました。本研究成果は、当地におけるギフチョウの保全の重要性を明らかにするものです。
本研究成果は、2026年6月14日に国際学術誌「Entomological Science」にオンライン掲載されました。

ポイント
- 神奈川県石砂山のギフチョウ45個体を遺伝解析した結果、外来の遺伝的グループの割合は全体のわずか2%程度であった。
- 神奈川県石砂山のギフチョウの保全価値は損なわれておらず、保全の必要性を改めて示した。
<研究者コメント>
遠い地域の野生生物を野外に放すと、もはやそれは元に戻せない「覆水盆に返らず」の状況になります。神奈川県石砂山のギフチョウの遺伝的撹乱は以前から心配でしたが、予想以上に遺伝的撹乱の影響が少なく、うれしい結果でした。

中濱 直之助教
研究の背景
ギフチョウは、チョウ目アゲハチョウ科に属し、日本の本州のみに分布する日本固有のチョウです。早春の3~4月ごろに里山で成虫を見ることができ、その美しい姿から「春の女神」とも呼ばれ、愛好家から非常に人気が高いチョウです。しかし、近年はシカによる食草や吸蜜植物の食害、乱獲、里山の遷移などによって全国的に数を減らしており、環境省レッドリストでは絶滅危惧II類に掲載されています。そのため、条例などにより採集が禁止されている地方自治体も多数存在し、各地で保全活動が行われています。
関東地方では、ギフチョウの生息地は今や神奈川県石砂山周辺のみとなっており、神奈川県の天然記念物にも指定され、保全活動が行われています。しかしながら、石砂山では過去に長野県北部や山梨県南部由来のギフチョウが放蝶されたことが報告されており、形態的な観察によって遺伝的撹乱の問題が以前から指摘されていました(図)。遺伝的撹乱は、その個体の歴史がわからなくなったり、うまく子孫を残せなくなったりするなど多くのデメリットがあります。そのため、遺伝的撹乱は生物多様性保全上の大きな脅威であり、避けなければいけない事象の一つです。しかし、神奈川県石砂山のギフチョウが実際にどの程度の遺伝的撹乱を受けているかは不明でした。
そこで研究グループは、神奈川県石砂山を含めたギフチョウの集団遺伝解析によって、当地における遺伝的撹乱の実態を明らかにしました。

図:石砂山で発見されたギフチョウの成虫写真(栗原健二 2025, 「相模の記録蝶」39号より許可を得て転載)。本来、神奈川県の個体の翅の縁は黒色と黄色の縞模様となるが、石砂山の成虫個体の一部はイエローバンド (翅の縁が一様に黄色くなる、写真の黄色い点線内を参照) と呼ばれる長野県北部の個体にみられる特徴を持っていた。
研究の内容
本研究では、MIG-seq法※2という手法を用いて、ギフチョウのゲノムに含まれる多数の遺伝的変異を用いて集団遺伝解析を実施しました。神奈川県石砂山については、2005~2024年までのサンプルを用い、そのほか、放蝶の由来とされている長野県北部と地理的に近い富山県南部の集団、また比較用に大阪府北部の個体を解析に用いました。さらに、クラスター分析※3によってそれらを2~4つの遺伝的グループに分け、それぞれの集団がどの遺伝的グループに含まれるかを推定しました。
遺伝解析の結果、神奈川県石砂山のうち、外来の遺伝的グループの割合は全体のわずか1.6-2.4%であることが明らかになりました。また、45個体のうち、明確な遺伝的撹乱を受けている個体(5%以上が外来の遺伝的グループ)は6個体のみでした。そのため、遺伝的撹乱は生じていたものの、ほとんどの個体が石砂山本来の遺伝子を保持できており、遺伝的撹乱はごくわずかにしか起こっていなかったことが明らかとなりました。
なお、石砂山では山梨県南部の個体も放蝶されていたことが記録として残っています。しかし、山梨県南部と神奈川県の個体は遺伝的分化が非常に小さく、本手法では区別できないことが先行研究で明らかとなっています。そのため本研究では、山梨県南部との比較は実施していないことに注意が必要です。
期待される効果・今後の展開
本研究成果は、神奈川県石砂山のギフチョウにおける遺伝的撹乱の影響は極めて小さかったことを示しており、当地におけるギフチョウの重要性を明らかにするものになります。また、遺伝的撹乱は一度起きてしまうと、個体を根絶させない限り元に戻すことが極めて困難です。地域による遺伝的分化を無視した放蝶、またチョウに限らず野生生物を野外に放すことは、厳に慎まれるべき行為であることを改めて浮き彫りにしています。
資金情報
本研究は、日本学術振興会学術研究助成基金助成金(JP23K13969、JP21H02215、JP25K02031)の支援を受けて実施しました。
用語解説
※1 遺伝的撹乱:人為的に移動した個体が野外に意図的または非意図的に放たれることにより、現地の個体と交雑してしまうこと。
※2 MIG-seq法:集団遺伝解析の手法の一つ。ゲノムから一度に多数の遺伝的変異を検出し、個体間や種間の違いを調べることができる。
※3 クラスター分析:データの特徴の違いに基づいて、似ているもの同士をグループ(集団)に分ける統計手法。
掲載誌情報
【発表雑誌】 Entomological Science
【論文名】 Minimal impact of anthropogenic genetic disturbance on the endangered butterfly Luehdorfia japonica (Lepidoptera: Papilionidae) within the Kanto Mountains, Japan
【著者】 Naoyuki Nakahama, Kyouhei Watanabe, Gohta Kinoshita, Shouhei Ueda, Norio Hirai, Minoru Ishii, Masaya Yago
【掲載URL】https://doi.org/10.1111/ens.70028
研究内容に関する問い合わせ先
大阪公立大学大学院農学研究科
助教 中濱 直之(なかはま なおゆき)
TEL:072-254-9413
E-mail:f26539c[at]omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
報道に関する問い合わせ先
大阪公立大学 広報課
担当:久保
TEL:06-6967-1834
E-mail:koho-list[at]ml.omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
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