最新の研究成果
母親コオロギが子に休眠を誘導する仕組みを解明~休眠前後に起こる分子イベントの時系列変化を明らかに~
2026年7月1日
- 理学研究科
- プレスリリース
発表者
大阪公立大学大学院理学研究科 後藤 慎介教授、清水 悠太氏(研究当時:特任助教)、東京農工大学大学院工学研究院生命工学部門/早稲田大学総合研究機構 片岡 孝介准教授/主任研究員(研究院准教授)、早稲田大学大学院先進理工学研究科 三野 流斗氏(研究当時:一貫制博士課程)、東京農業大学生物資源ゲノム解析センター(現・北海道大学大学院獣医学研究院 獣医衛生学教室) 輿石 雄一博士研究員、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 遺伝資源研究センター 内藤 健上級研究員、お茶の水大学大学院人間文化創成科学研究科/早稲田大学大学院先進理工学研究科 由良 敬教授、早稲田大学総合研究機構・早稲田大学大学院先進理工学研究科 朝日 透教授
概要
生物は休眠※1に入ることで厳しい環境をやり過ごします。また、多くの動物で見られる「母性休眠誘導」は、母親が環境情報を子へ伝えることで、子の休眠の有無を決める現象です。世代を超えた環境適応は興味深いものの、母親がどのようにして休眠を誘導するのかについての詳細なメカニズムは未解明でした。
本研究グループは、母性休眠誘導を示すコオロギの一種であるマダラスズに着目し、休眠卵と非休眠卵で発現している遺伝子を網羅的に解析しました。
その結果、マダラスズが休眠に入る前から休眠に入った直後までに生じる分子イベントの時系列的な変化が明らかになりました。さらに、卵の休眠を誘導するメカニズムとして、クロマチン※2の状態の制御が重要な鍵であることを示しました。

本研究成果は、2026年6月30日に国際学術誌「Communications Biology」にオンライン掲載されました。
ポイント
- 休眠卵は、産卵後24時間でクロマチンの構造変化に関連する遺伝子の発現が上昇。
- 産卵後24時間の休眠卵では、神経の成長や細胞周期に関与する遺伝子のクロマチンアクセシビリティ※3が低下しており、発育を停止する準備が、発育停止前にすでに起こっていることを示唆。
- 産卵後24時間の非休眠卵では、成長に関与する遺伝子が多く発現する一方で、休眠卵ではアミノ酸や糖を代謝する遺伝子が多く発現し、長期生存に向けた代謝調節が起こることを明らかに。
<研究者のコメント>
母性休眠誘導という現象はさまざまな動物で知られていますが、どのような分子メカニズムによって制御されているかについてはいまだに謎が多いです。多くの研究者の方々の協力を得ながら、母性休眠誘導を制御する分子メカニズムに関する研究を論文にまとめ、発表できたことをうれしく思います。

清水 悠太氏
研究の背景
温帯に生息する昆虫の多くは光周期※4を利用して季節の到来を予測します。そして、生存や繁殖に不利な季節(例えば冬)には休眠と呼ばれる生理状態となり、発育を停止または遅延させてやり過ごします。一部の種では、母親が光周期に応じて子世代に休眠を誘導するかどうかを決めます。これを母性休眠誘導と呼びます。休眠せずに発育が進む卵と休眠して発育が停止する卵は、遺伝的基盤が同じでありながら異なる表現型を示します。しかし、母親がどんな影響を子に与え、休眠を誘導するのか、その詳細な分子機構はよく分かっていません。
研究の内容
本研究で対象としたマダラスズは、日本に広く分布する小型のコオロギで、メス成虫は夏を模した長日条件下では休眠しない卵(非休眠卵)を、秋を模した短日条件下では休眠に入る卵(休眠卵)を産卵するという母性休眠誘導を示します。本種のゲノムが未解明だったため、まずゲノム解読を行いました。その後、産卵後12、24、40、56、72時間経過した非休眠卵と休眠卵のトランスクリプトーム解析※5を行い、卵で発現している遺伝子を比較しました。先行研究では、休眠卵は産卵後40~56時間で発育が停止することがわかっています。
解析の結果、休眠卵では、産卵後24時間でクロマチン構造の変化(クロマチンリモデリング)に関連する遺伝子の発現が上昇していることがわかりました。そこで、産卵後24時間の卵でATAC-seq※6によるオープンクロマチン領域を解析したところ、休眠卵では神経の成長や細胞周期に関与する遺伝子のクロマチンアクセシビリティが低下していることがわかりました。これは発育を停止する準備が、発育停止前にすでに起こっていることを意味します。また、非休眠卵では成長に関与する遺伝子が多く発現する一方で、休眠卵ではアミノ酸や糖を代謝する遺伝子が多く発現するようになり、長期生存に向けた準備をしていると考えられます(図)。
本成果は、マダラスズの休眠に入る前から休眠に入った直後までに起こる分子イベントの時系列変化を明らかにしたものです。さらに、母親が環境シグナルを伝達して子の休眠を誘導するメカニズムとして、クロマチン状態の制御が重要な鍵であることを示しています。

図:非休眠卵と休眠卵で怒っている分子イベント
期待される効果・今後の展開
本研究はさまざまな生物に見られる、表現型可塑性※7を理解するためのモデルになることが期待されます。また、変温動物である昆虫にとって、「休眠」という生き残り戦略は非常に重要です。それは農作物に深刻な被害を与える多くの害虫と呼ばれる種においても同様であり、休眠を制御する遺伝子やしくみの理解は新たな農薬を作るヒントや新しい害虫対策に繋がる可能性があります。また、本来休眠する能力をもたない生物種(例えばフタホシコオロギなど)に休眠能力を付与することができれば、有用系統の維持管理が容易となり、人件費などのコスト削減が期待できます。
今後は、母親がどのような因子(ホルモンなど)を使って子に休眠を誘導するのか、またその因子によってどのように卵のクロマチン状態が変化するのか、休眠が終了する条件ではクロマチン状態はどのように変化していくのかなどを解明していく必要があります。また、マダラスズで得られた今回の知見が他の生物種でどの程度共通しているのかを調べていくことも重要な課題です。
資金情報
本研究は、東京農業大学 生物資源ゲノム解析拠点との共同研究(令和4年度採択課題)による成果です。また、ムーンショット型農林水産研究開発事業生物系特定産業技術研究支援センター(BRAIN, JPJ009237)、科学研究費助成事業(JP21K05614, JP21J23478, JP22KJ2609, JP26K02062)の支援を受けて実施しました。
用語解説
※1 休眠:生物が自身の成長や生殖を一時的に停止する現象。
※2 クロマチン:真核生物の細胞核にあるDNAとヒストンと呼ばれるタンパク質の複合体のこと。
※3 クロマチンアクセシビリティ:クロマチンの開放状態を示す指標。クロマチンが緩んでいる(オープンクロマチン領域。アクセシビリティが高い)と転写因子やRNAポリメラーゼなどがDNAに結合しやすくなり、遺伝子の発現が活発になる。逆に、クロマチンが凝集している(クローズドクロマチン領域。アクセシビリティが低い)と、遺伝子の発現が抑制される。
※4 光周期:1日のうちの明るい時間と暗い時間の長さの割合。
※5 トランスクリプトーム解析:細胞、組織などに蓄積するRNA全体をトランスクリプトームと呼び、それを網羅的に調べる解析手法。
※6 ATAC-seq:Assay for Transposase-Accessible Chromatin using sequencingの略。オープンクロマチン領域をゲノム全体にわたって網羅的に調べる解析手法。
※7 表現型可塑性:同じ遺伝子を持つ個体でも、環境の違いによって姿・形・行動・生理状態などの表現型が変化する性質のこと。
掲載誌情報
【発表雑誌】 Communications Biology
【論文名】 Temporal orchestration of transcriptional and epigenomic programming underlying maternal embryonic diapause in a cricket model
【著者】 Kosuke Kataoka, Yuta Shimizu, Ryuto Sanno, Yuichi Koshiishi, Ken Naito, Kei Yura, Toru Asahi, Shin G. Goto
【掲載URL】 https://doi.org/10.1038/s42003-026-10402-w
研究内容に関する問い合わせ先
大阪公立大学大学院理学研究科
教授 後藤 慎介(ごとう しんすけ)
TEL:06-6605-2573
E-mail: shingoto[at]omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
報道に関する問い合わせ先
大阪公立大学 広報課
担当:久保
TEL:06-6967-1834
E-mail:koho-list[at]ml.omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
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