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「ナノの光」が変わる一瞬をフェムト秒で捉える ―フォノンポラリトンの超高速制御をナノスケールで可視化―
2026年8月31日
- 工学研究科
- プレスリリース
発表のポイント
- ハイパボリックフォノンポラリトン (注1) (HPhP) は赤外光の電磁場をその波長よりもはるかに小さな空間に閉じ込めて伝搬させることができる光と物質が結びついてできた特殊な状態であり、その超高速制御はナノフォトニクス (注2) の先端技術として期待されています。
- しかし、照射した光の周波数によってHPhPの波長が大きく変化するため、広い周波数成分を含むフェムト秒パルスレーザー (注3) を用いると、異なる波長のHPhPが重なり、その超高速な変化を実空間で観測することは困難でした。
- 本研究では、超高速赤外近接場光顕微鏡 (注4) によってフェムト秒・ナノメートルの時空間分解能と、高い周波数選択性を同時に実現する技術を開発しました。
- これにより、ファンデルワールス物質 (注5) である二硫化タングステン (WS2) と六方晶窒化ホウ素 (hBN) を積層したヘテロ構造に可視光パルスを照射し、WS2内に光キャリア (注6) を生成したところ、それに伴って隣接するhBN中を伝搬するHPhPが超高速で変化する様子を直接観測することに成功しました。
- 本成果は、ナノスケールの光伝搬をフェムト秒の時間スケールで観測・制御する新たな基盤技術として、将来の超高速ナノフォトニクスへの展開が期待されます。
概要
分子科学研究所の鎌田一輝特別共同利用研究員 (大阪公立大学大学院工学研究科 博士後期課程)、西田純助教(兼 総合研究大学院大学助教)、熊谷崇准教授(兼 総合研究大学院大学准教授)を中心とする研究チームは、hBNとWS2からなるファンデルワールスヘテロ構造を用い、WS2を可視光パルスで励起することで、隣接するhBN中を伝搬するHPhPをフェムト秒の時間スケールで変調し、その超高速な変化を直接可視化することに成功しました。
HPhPは、赤外光と物質中の光学フォノン (注7) が強く結びついて形成される状態で、赤外光を通常の光の波長よりもはるかに小さな空間に閉じ込めることができるため、ナノスケールの光制御技術や高感度分光などへの応用に加え、その超高速制御は、将来の超高速ナノ光デバイスの実現に向けた基盤技術として期待されています。
一方、HPhPは光の周波数によって波長が大きく変化する強い分散を示します。そのため、広い周波数成分を含むフェムト秒赤外パルスを用いると、異なる波長のHPhPが同時に励起され、それらの信号が重なって平均化されるため、伝搬の様子を鮮明に観察できないという問題がありました。
そこで本研究では、超高速赤外近接場光顕微鏡において、散乱光を回折格子 (注8) で分光してから検出する方法を導入しました。その結果、約150 フェムト秒という高い時間分解能を維持したまま、HPhPの超高速制御を直接観測することが可能となりました。
この新しい超高速ナノイメージング技術により、可視光パルスをWS2に照射して光キャリアを生成すると、それに伴って隣接するhBN中を伝搬するHPhPの電場振幅が、一時的に変化することを実空間で観測しました。さらに、比較的厚いWS2とhBNからなる構造では、HPhPの波長が変化する様子も可視化しました。
数値シミュレーションにより、観測されたHPhPの超高速変調が、光キャリアの生成に伴うWS2の過渡的な誘電率 (注9) の変化によって説明できることを示しました。本成果は、ナノスケールの光伝搬をフェムト秒の時間スケールで観測・制御する新たな基盤技術として、将来の超高速ナノフォトニクスへの展開が期待されます。
本研究成果は、国際学術誌『Nano Letters』に、2026年7月27日付でオンライン掲載されました。

超高速赤外近接場光顕微鏡による、HPhPの超高速ナノイメージングのイメージ図
用語解説
(注1) ハイパボリックフォノンポラリトン (HPhP):赤外光の電磁場と、物質中の原子の集団振動である光学フォノンが強く結びついて形成されるポラリトン (注11) の一種で、光と物質の両方の性質を併せ持ちます。hBNのように、結晶の方向によって誘電的な性質が大きく異なる物質では、「ハイパボリック分散」と呼ばれる特殊な分散をもつHPhPが形成されます。HPhPは、赤外光を通常の光の波長よりもはるかに小さな空間に閉じ込めて伝搬させることができるため、ナノスケールの光制御への応用が期待されています。
(注2) ナノフォトニクス:ナノメートル (10億分の1メートル) スケールの構造や物質を利用して、光と物質の相互作用を制御する研究分野です。光をナノスケールの微小な空間に閉じ込めて制御することで、超小型の光デバイス、高感度センサー、光情報通信などへの応用が期待されています。
(注3) フェムト秒パルスレーザー:フェムト秒 (fs) は1秒の1000兆分の1 (10-15秒) という極めて短い時間の単位です。フェムト秒パルスレーザーは、このような非常に短い時間幅の光パルスを発生させるレーザーで、物質中の電子や原子などが起こす超高速現象を観測するために用いられます。本研究では、約150 フェムト秒の時間幅をもつ光パルスを用いています。
(注4) 超高速赤外近接場光顕微鏡:原子間力顕微鏡 (AFM) の金属探針先端に赤外光を照射し、探針先端に生じる近接場光を利用して物質の光学的性質を観察する顕微鏡です。通常の光学顕微鏡の回折限界を超えたナノスケールの空間分解能をもちます。さらにフェムト秒パルスレーザーと組み合わせることで、ナノスケールの超高速光学現象をフェムト秒の時間分解能で追跡できます。
(注5) ファンデルワールス物質:層内では原子同士が強い化学結合で結ばれている一方、層と層の間は、電子分布の揺らぎや分極に由来する比較的弱いファンデルワールス力によって結びついた層状物質です。層間の結合が弱いため、粘着テープなどを用いて単層または数層まで薄く剥がすことができます。また、異なる種類のファンデルワールス物質を積み重ね、ヘテロ構造(異なる物質を組み合わせた積層構造)を作ることもできます。
(注6) 光キャリア:半導体が光を吸収することで生成される、電気を運ぶことのできる電子や正孔 (電子が励起されることにより生じる「電子の空き」) の総称です。光キャリアが生成されると、物質の電気的・光学的性質が一時的に変化します。本研究では、可視光パルスによってWS2内に光キャリアを生成し、それに伴うWS2の誘電率変化を利用して、隣接するhBN中のHPhPを超高速に変調しました。
(注7) 光学フォノン:結晶中の原子の集団振動を量子として表したものをフォノンと呼びます。光学フォノンは、結晶の基本単位に含まれる複数の原子が互いに逆向き、すなわち逆位相で振動するモードです。この振動によって電気分極が生じる場合には、赤外光の電磁場と強く相互作用します。hBNでは、このような光学フォノンと赤外光の電磁場が結合してフォノンポラリトンが形成され、そのうちハイパボリック分散を示すものがHPhPです。
(注8) 回折格子:表面に細かな溝などの周期構造をもつ光学素子です。光を当てると、波長(周波数)の異なる光がそれぞれ異なる方向へ回折されるため、複数の波長成分を空間的に分けることができます。本研究では、この性質を利用して、探針先端から散乱された広帯域の赤外光の中から、特定の周波数成分だけを選択して検出しました。
(注9) 誘電率:物質に電場が加わったとき、物質内部の電子やイオンが応答して生じる電荷の偏り(分極)を表す物理量です。誘電率は、光が物質中をどのように伝わるか、また、どの程度吸収・反射されるかを大きく左右します。その値は、光の周波数や結晶の方向、物質の電子状態などによって変化します。
掲載誌情報
掲載誌:Nano Letters
論文タイトル:Ultrafast Nano-Imaging and Optical Control of Hyperbolic Phonon Polaritons at hBN/WS2 Heterojunctions
著者:Kazuki Kamada, Keisuke Shinokita, Fanyu Zeng, Ryo Kitaura, Kenji Watanabe, Takashi Taniguchi, Alexander Paarmann, Masahiro Shibuta, Takashi Kumagai*, and Jun Nishida* (*責任著者)
DOI:https://doi.org/10.1021/acs.nanolett.6c02448
研究チーム
本研究は、自然科学研究機構分子科学研究所の鎌田一輝特別共同利用研究員 (大阪公立大学大学院工学研究科 博士後期課程)、西田純助教、熊谷崇准教授を中心とする研究チームにより行われました。
共著者
- 篠北啓介 准教授 (分子科学研究所)
- Fanyu Zeng 研究員 (物質・材料研究機構)
- 北浦良 グループリーダー (物質・材料研究機構)
- 渡邊賢司 特命研究員 (物質・材料研究機構)
- 谷口尚 理事 (物質・材料研究機構)
- Alexander Paarmann グループリーダー (マックス・プランク協会フリッツハーバー研究所)
- 渋田昌弘 准教授 (大阪公立大学、分子科学研究所 客員准教授)
研究内容に関する問い合わせ先
大阪公立大学大学院工学研究科
准教授 渋田 昌弘 (しぶた まさひろ)
TEL:072-247-6162
E-mail:shibuta[at]omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
報道に関する問い合わせ先
大阪公立大学 広報課
TEL:06-6967-1834
E-mail:koho-list[at]ml.omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。
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