最新の研究成果

チョウの認知機構における新たな理論を提唱~チョウの性認識・種認識研究を再検討~

2026年9月18日

  • 農学研究科
  • プレスリリース

発表者

大阪公立大学大学院農学研究科 竹内 剛客員研究員、総合地球環境学研究所 村松 大輔上級研究員

概要

本研究グループは、チョウの認知機構に関する従来の考え方を見直し、新たな理論的枠組み「Partner-Hazard Space(PHS)」を提唱しました(図)。これまでチョウは「同性」や「同種」を認識した上で行動していると考えられてきました。しかし、既存研究を再検討した結果、チョウが同性や同種を識別していることを示す直接的な証拠は確認されませんでした。そこでPHSでは、チョウの認識には、配偶者という鋳型(配偶行動を引き起こす刺激)と危険物という鋳型(逃避行動を引き起こす刺激)があり、対象がそれぞれの鋳型にどの程度近いかによって反応が決まると考えます。

本研究成果は、2026年8月7日に国際学術誌「Ecology and Evolution」にオンライン掲載されました。

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1:本研究が提唱するPHSの模式図。
※各対象の配置は概念的な例であり、定量的な位置関係を示すものではない。

ポイント

  1. 過去に行われたチョウの性認識研究を再検討した結果、チョウが配偶相手となり得る対象を認識している証拠はあるものの、「同性」というカテゴリーを認識している証拠は見られなかった。
  2. チョウは、近づいてくる物体に対して逃避する傾向がある一方、それらを種のカテゴリーに基づいて認識している証拠は見られなかった。
  3. 対象が「配偶者の鋳型」と「危険物の鋳型」にそれぞれどの程度近いかによってチョウの反応が決まるとする「Partner-Hazard Space(PHS)」を提唱した。
  4. PHSを用いることで、これまで性認識、種認識、縄張り争いなどとして個別に解釈されてきたチョウのさまざまな行動を、統一的に説明できる。

<研究者コメント>

動物の認識世界は多様であり、人間の常識とはかけ離れていることもあります。本研究は、「有性生殖を行う動物は性を認識するのが当然である」という人間の先入観を見直すきっかけを与えるものです。そのような固定観念にとらわれず、動物をより合理的に理解するための、新たな視点を提供できればと考えています。

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竹内 剛客員研究員

研究の背景

チョウの雄同士が、空中で互いを追いかけ合う行動は古くから知られており、配偶者をめぐる縄張り争いだと考えられてきました。しかし、互いに追いかけ合うだけで相手を攻撃しないにもかかわらず、なぜ闘争行動として成立するのかは十分に説明されていませんでした。竹内らは、これまでの研究において、この行動は飛翔中の相手の性を識別できない雄同士が、互いを配偶相手とみなして求愛行動を示していると考えれば説明できることを提唱しました。
さらに検討を進める中で、飛翔中かどうかにかかわらず、チョウの行動を説明するために、「同性」や「種」といったカテゴリーの認識を仮定する必要があるのかという疑問が生じました。

研究の内容

本研究では、これまで報告されてきたチョウの性認識および種認識に関する研究を再検討し、従来「性認識」や「種認識」の証拠と解釈されてきた実験結果が、本当にそれらの認識能力を示しているのかを検証しました。

チョウの性認識能力を調べた過去の研究の多くでは、雌雄の死体や翅など(以下「モデル」)を生きたチョウに提示し、モデルの近くを飛び回る時間や反応頻度などを測定しています。そして、異性モデルに対する反応時間や頻度が同性モデルに対するものより大きいことをもって、性認識の証拠とみなしてきました(図2左)。しかし、本研究グループは、このような実験結果だけから、「雌」と「雄」というカテゴリーを識別していると結論づけることはできないと考えます。

例えば、派手な異性モデルと地味な異性モデルを提示し、派手なモデルに対してより強く反応した場合、その結果は性認識ではなく配偶者選択の証拠と解釈されます(図2右)。すなわち、特徴の異なる配偶候補に対する好みの違いとみなされます。同様の考え方に立てば、異性モデルと同性モデルに対する反応の違いについても、「性」というカテゴリーを認識した結果ではなく、配偶候補としての好ましさの違いと解釈しなければなりません。

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2:チョウの性認識研究と配偶者選択研究で用いられてきた実験結果の模式図。
いずれもモデル間で反応の強さが異なるという同じ形式の結果だが、従来は左を性認識、右を配偶者選択の証拠と解釈してきた。

同じ論理は種認識にも当てはまります。これまで種認識の証拠とされてきた実験結果の多くも、同種と他種をカテゴリーとして識別している証拠ではなく、配偶候補に対する選好の違いとして説明することができます。
日本では、モンシロチョウが翅の紫外線反射の有無を利用して雄と雌を見分けていることがよく知られています。しかし、本研究の観点からは、「雄」と「雌」というカテゴリーを識別していることを示しているのではなく、異性と紛らわしい対象の中から、紫外線反射をシグナルとして異性を選別しているという解釈になります。
一方、チョウは近づいてくるヒトや鳥などの物体に対して逃避行動を示すことから、接近してくる対象を危険物と認識する仕組みを持っていることが分かります。
これらの知見をもとに本研究では、チョウには「配偶者の鋳型」(配偶行動の一連の行動を引き起こす刺激)と「危険物の鋳型」(逃避行動を引き起こす刺激)があり、対象がそれぞれの鋳型にどの程度近いかによって反応が決まるとする枠組み「Partner-Hazard Space(PHS)」を提唱しました。
PHSの枠組みを用いれば、チョウの他個体や他の動物に対する行動は、基本的に「どの程度配偶者らしいか」と「どの程度危険物らしいか」という二つの軸の組み合わせとして記述できます。つまり、今までは縄張り争い、配偶競争、求愛、配偶者選択、捕食回避などと別々に扱われていた行動を、一つの枠組みで捉えられることになります。

期待される効果・今後の展開

PHSは、性選択理論をチョウに適用する際に、認知機構の側面から補完する枠組みになることが期待されます。チョウの鮮やかな翅の色彩については、そのような特徴を異性が好むために進化したという考えが古くからあり、実際にそのような選好が確認されている種もあります。しかし、鮮やかな色を好む性質そのものがどのように進化したのかについては、十分に解明されていません。
PHSの観点からは、目立つ特徴を手掛かりにすることには、自然界に存在するさまざまな生物や物体の中から、配偶相手となり得る対象を迅速に発見するという機能があります。熱帯地域に鮮やかなチョウが多いことについても、種多様性の高い環境で配偶相手を効率よく見つけることと関係している可能性があります。
さらに、PHSの考え方はチョウだけでなく、他の動物群についても、従来「性認識」や「種認識」と呼ばれてきた現象を再検討するきっかけとなり、動物の認知能力をどのように捉えるべきかについて新たな視点を提供することが期待されます。

資金情報

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(JP19K06859, JP25K09774)を受けて実施されました。

掲載誌情報

【発表雑誌】 Ecology and Evolution
【論文名】 Reexamining sexual and species recognition in butterflies: the Partner-Hazard Space framework
【著者】  Tsuyoshi Takeuchi, Daisuke Muramatsu

【掲載URL】https://doi.org/10.1002/ece3.74101

研究内容に関する問い合わせ先

大阪公立大学大学院農学研究科
客員研究員 竹内 剛(たけうち つよし)
TEL:072-254-9413
E-mail:u21162h[at]omu.ac.jp

※[at]を@に変更してください。

報道に関する問い合わせ先

大阪公立大学 広報課
担当:久保
TEL:06-6967-1834
E-mail:koho-list[at]ml.omu.ac.jp

※[at]を@に変更してください。

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