最新の研究成果

医・獣連携による画期的な診断治療法と新薬の開発・普及

2022年4月1日

  • 獣医学研究科
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医・獣連携による 画期的な診断治療法と新薬の開発・普及の写真

〈 大阪府立大学 × 大阪市立大学 〉

山手 丈至教授 ・ 河田 則文教授

大阪公立大学の開学により「医学部・獣医学部を併せ持つ」総合大学が誕生します。医学と獣医学が連携することによって、生活習慣病や感染症の画期的な予防法や治療薬の開発など、さまざまな社会への貢献が期待されています。バイオサイエンス分野の融合の可能性とその将来像について、大阪市立大学大学院医学研究科の河田則文教授と大阪府立大学大学院生命環境科学研究科獣医学専攻の山手丈至教授にお話をうかがいました。

両大学の実績・知見

大阪市立大学大学院医学研究科について教えてください。

河田教授

大阪市立大学医学研究科は、大阪市立大学医学部附属病院と併設されています。場所は、天王寺駅から徒歩約7分に位置しており「阿倍野キャンパス」と称しています。附属病院は、大阪市内で唯一の大学病院として大阪住民はもちろん、奈良県や和歌山県からも患者が来院し、その数は一日2000人以上、入院患者は約900人。どの診療分野も患者が多く、正にGeneral Hospitalです。低学年から附属病院で臨床実習に取り組むなど、体験的に学ぶことができるのが本学の魅力の一つです。

医学研究科は、大きく臨床医学系と基礎医学系に分かれていますが、その垣根を越えて研究に取り組むのが本学の強みです。最近のトピックスは、がんや老化、腸内細菌ですが、若手の研究者を中心に感染症に関する研究へも積極的に取り組んでいます。

大阪府立大学大学院生命環境科学研究科獣医学専攻について教えてください。

山手教授

大阪府立大学 生命環境科学研究科 獣医学専攻は、関西国際空港の対岸に位置するりんくうキャンパスにあり、動物疾病の診断・治療・予防と、その応用を行う分野があります。獣医学というと犬や猫が中心と思われがちですが実は幅広く、ヒト以外の動物すべてが診療・治療、そして研究の対象となっています。

基礎的な研究分野には大きく2つあり、一つ目は「生命科学の基礎研究分野」で、ヒトの病の病理発生機序を明らかにすることを目的として、ヒトの疾患を模した動物モデル(※)の開発に取り組んでいます。もう一つは「環境科学」の分野で、狂犬病に代表されるヒトと動物に共通する感染症「人獣共通感染症」の研究などです。また、O-157などの食中毒の予防法や診断キットの開発にも取り組んでいます。

先ほど、動物の診療についてお話ししましたが、動物の診療は「大阪府立大学生命環境科学部附属獣医臨床センター」で行っています。同センターでの診療は犬・猫が中心で、街の動物病院の紹介を受けて二次診察を中心に行っています。

河田教授の写真

河田先生の研究分野、特に肝臓の繊維化の研究においてグロビン(タンパク質の一種)を発見された経緯や研究の現状についてお聞かせください。

河田教授

私の専門分野は肝臓で、特に肝臓の炎症や発がん、線維化に関する研究を続けています。研究を始めた当初は、プロスタグランディン(痛みや炎症の原因物質)の肝臓での産生について研究しました。即ち、肝臓に存在する生体内最大のマクロファージであるKupffer細胞が急性肝不全を生じさせるメカニズムにプロスタグランディンが関与しており、その研究に没頭していました。この細胞の研究を続けるためにドイツのフライブルグ大学に留学し、生化学研究施設のKarl Decker教授に師事しました。そこで星細胞(肝臓内のディッセ腔と呼ばれる肝細胞と類洞内皮細胞の間隙に存在する細胞)の研究を始め肝臓の線維化や微小循環調節の研究に取り組みました。帰国後も星細胞の研究を続けていたのですが、ご縁があって1998年頃から広島大学理学研究科(吉里勝利教授)に留学していたデンマーク人研究者Dan Kristensenと共同研究を行っていたのですが、偶然にグロビン蛋白の一つ、サイトグロビン、を見つけることが出来ました。即ち、星細胞が発現している全タンパク質を二次元電気泳動で解析するうちに、当時のデータベースにはないものがあったわけです。その後、理化学研究所の先生の協力を得て、三次元立体構造を解析できたり、マウスを使って研究したところ、サイトグロビンが肝臓の線維化やがん発生と密接に関係することが判りました。そして今、サイトグロビンは肝臓の生理状態を保つために必須のタンパク質ではないかという仮説のもと、治療薬開発に向けて研究を続けている真っ最中です。

山手先生の研究分野について教えていただけますか。

山手教授

私の研究分野は病理学で、生検材料の病理診断をしています。外科的に採取されたサンプルを対象に病理診断を行い臨床医へその情報を還元するつなぎ的な役割で、それに基づいて臨床医が治療方針を決めるという流れがあり、年間、1200〜1300件の病理診断を行っています。

動物疾患モデルを開発するのも私の研究分野です。最初の研究はラットを使っていました。長く飼育をしているとラットに腫瘍が発生します。F344ラット(発癌研究用に開発されたラット)に組織を移植すると、次々と腫瘍組織を継代できます、これがラットの移植腫瘍モデルです。ここから培養細胞を確立し腫瘍細胞の特性を研究して、ラットの腫瘍細胞がヒトのどのようながんと一致するのかを研究していました。その後、ケガをしたときに組織では修復のために線維化が生じますが、その後、うまくいけば治癒するのですが、慢性的に刺激が加われば、例えば肝硬変や萎縮腎などになるなど臓器そのものが線維化により影響を受けることがあります。このあたりのことは河田先生もよくご存じのことだと思いますが、この線維化の増悪は、がんと同じで、もしくはがんよりも恐ろしいのではと考えて、現在は、線維化にみられる筋線維芽細胞に注目して研究を進めています。当初の研究対象は主に腎臓でしたが、現在は肝臓を対象として薬物投与で線維化モデルをつくり、出現する細胞の特性を中心に病態の解析に取り組んでいます。

山手教授の写真

山手先生も河田先生もそれぞれの専門分野で肝臓の研究に取り組まれているのですね。

山手教授

私も、河田先生と同じく筋線維芽細胞に変化することがある肝星細胞に着目して肝線維化の原因を研究しています。私がつくった抗体で「新規抗体A3(エースリー)」があり、これはラットの血管の周囲にある特定の未分化な間葉系細胞(体性幹細胞)を染めることができるため、肝臓の線維化を解明する際、大いに役立ちます。河田先生と協働できることがたくさんあると感じています。

河田教授

ぜひ、お願いしたいです。私たちの最終目標は、サイトグロビンの発現を上げる、あるいはそのタンパク質に修飾を加えるなどして治療薬を開発することにあります。マウスモデルでは線維化が抑制できており、やっとここまでたどり着いたというところです。山手先生との協働で、さらなる進展が期待できると感じます。

人獣共通感染症への新たなアプローチ

「医学×獣医学」という観点からどのような社会貢献ができると思われますか?

山手教授

私たち獣医学研究科の研究者は、ラットやマウスを使って動物疾患モデルをつくっていますが、ヒトの疾患のどのような病態に相当するのか、つまり動物疾患モデルとヒトの病態との類似点と相違点を明確にすることを命題としています。両大学の融合により医学と獣医学の連携が実現すると、この議論がさらに深まると思います。それは、いち早く疾患の発生、原因、進行プロセスを明らかにできることから、その情報を基に創薬につなぐことができます。また、ヒトに近い皮膚や臓器を持つ動物の疾患モデルを用いれば、皮膚移植や臓器の手術技術の精度向上のお手伝いもできるのではないかと考えています。

河田教授と山手教授の写真

河田教授

それは本当に有り難いことです。医学部には、マウスとラットの2つのモデルパターンしかないのが現状で、「マウスやラットは、本当にヒトの病態を反映するのか?」ということが、常に議論されています。山手先生のお話をうかがって、医・獣連携で、ケースによって使用する動物モデル(※)を選んだり、ヒトの病態とどこが似ていて、何が違うのかについて探求し、解明する機会ができると感じました。ところで、私たち医学部が取り組んでいることで、獣医学分野で役に立つのは、どのようなことだと思われますか?

山手教授

動物疾患モデルには、薬物誘発モデル、遺伝子改変モデルなど、さまざまなものがありますが、それらの病態を明らかにすること、さらに人獣共通感染症に関するさまざまな課題を、一緒に次のステップへと進めることができると思います。

医・獣連携の実現が社会にもたらす新たな価値

今、多く人が関心を持っているのは新型コロナウイルスのワクチンや治療法の開発ではないでしょうか。

河田教授

大阪市立大学は、「新型感染症検査センター」の立ち上げを計画しています。また、大阪市立大学と、京都大学、大阪府とが共同研究および検査体制の充実に関する連携協定を締結し、新型コロナウイルスの性質解明に向けた基礎研究などに取り組みます。

河田教授の写真

山手教授

先ほど、人獣共通感染症についてお話ししましたが、新型コロナウイルスは動物から来たといわれており人獣共通感染症のひとつです。新型コロナウイルス以外では、ラクダが持っていたウイルスがヒトへ感染したMARSや、鳥が持っていたウイルスが豚へ感染し、豚からヒトへ感染したインフルエンザなどがあります。ヒトと動物を分けて考えるのではなく、世界を構成する生き物としてとらえなくては解決できない課題だと思います。

河田教授

ウイルスは、ある時はヒト、ある時は動物をホストにする、つまり自分を増殖させるためのシステムを複数持つことで自己複製している。この流れが普遍的に続いているということですね。

山手教授

実は、牛・豚などの動物にもコロナウイルス感染症というものがあり、すでにワクチンが開発されています。一方で、猫の体内で突然変異し血管周囲に炎症を起こす猫伝染性腹膜炎(FIP)はワクチン開発が困難で不治の病と言われています。このようなさまざまな動物のウイルスの情報とヒトの新型コロナウイルスの共通点を研究することで、ヒトの新型コロナウイルスのワクチン、治療薬開発の糸口になればと思います。そのためにも医・獣連携で研究に取り組むことが社会貢献につながると思います。

山手教授の写真

医・獣連携に対する抱負・展望をお聞かせください。

山手教授

獣医学用語に「ワンヘルス」という言葉があります。人獣共通感染症を考える場合は、ヒトも動物も世界を構成する生き物としてとらえることが基本という考え方です。「ワンヘルス」という考え方を体現するのが、大阪公立大学の開学で実現すべき医・獣連携だと感じています。

河田教授

「ワンヘルス」は、とても良い言葉ですね。大阪公立大学開学を機に研究会を立ち上げて、新型コロナウイルスの予防、治療薬開発をはじめ、さまざまな研究に取り組むというのはどうでしょう。

山手教授

とても興味があります。2つの大学が融合することで、新型コロナウイルス対策だけでなく、あらゆる疾患の診断、治療法、治療薬の研究が格段に進むことは間違いありません。大阪公立大学の開学によって実現する医・獣連携は、日本の医療の新しい歴史を刻む第一歩となるのではないでしょうか。

※動物モデルの開発や動物実験は、大阪府立大学動物実験規程に則って行っています。

Profile プロフィール
山手 丈至 教授

大阪府立大学大学院 生命環境科学研究科 獣医学専攻
大阪府立大学 研究担当・りんくうキャンパス担当 副学長
大阪府立大学 研究推進本部長

研究分野/応用獣医学・臨床獣医学

所属学協会/腫瘍モデル、間葉系分化、線維化、マクロファージ機能、問題解決力、社会貢献

山手教授の写真

河田 則文 教授

大阪市立大学大学院医学研究科長・医学部長
医学部附属病院肝胆膵内科部長
医学部附属病院中央部門輸血部部長
医学部附属病院先端予防医療部部長

研究分野/肝臓

所属学協会/肝線維化の解明と治療、細胞生物学、C型慢性肝疾患の診療

研究に関するキーワード/肝線維化の解明と治療、細胞生物学、C型慢性肝疾患の診療

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該当するSDGs

  • SDGs03
  • SDGs17