最新の研究成果

安全性の高いがん免疫療法の実現へ 非ウイルス性のデリバリー材料を用いてT細胞への遺伝子導入に成功

2023年11月27日

  • 工学研究科
  • 研究

ポイント

◇がん免疫治療法の一つとして注目を集める「CAR-T細胞療法1」。
◇非ウイルス性のデリバリー材料を用いて、T細胞2への遺伝子導入に成功。
◇安全性の高いがん免疫療法実現への貢献に期待。

概要

第四のがん治療法として注目されるがん免疫療法のうち、自身のT細胞にがん抗原を特異的に認識できる受容体(CAR)の遺伝子を導入することでCAR-T細胞を作製し、がんを攻撃する治療法を「CAR-T細胞療法」といいます。この治療法では現在、無毒化・弱毒化したウイルスを用いてCAR遺伝子の導入を行っていますが、安全性の観点からウイルス以外を用いたデリバリー材料の開発が求められています。

大阪公立大学大学院 工学研究科の児島 千恵准教授と、理学研究科の中瀬 生彦教授らの研究グループは、モデル遺伝子と市販の遺伝子導入試薬の複合体の表面に、フェニルアラニンを修飾したデンドリマー3を被覆した非ウイルス性の遺伝子デリバリー材料を作製し、T細胞へのモデル遺伝子導入に成功しました。今後、ウイルスと同等の遺伝子発現効率を示すようなデリバリー技術を開発することで、安全性の高いがん免疫療法の開発への貢献が期待されます。

本研究成果は、2023年6月7日に国際学術誌「Macromolecular Biosciences」に掲載され、11月号の表紙に採択されました。

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本研究は、本学の「戦略的研究」の一環で、工学と理学の共同研究として実施しました。従来の技術ではデリバリーが難しい免疫細胞への核酸デリバリーのためのマテリアル作製を目指して、研究を進めています。

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児島 千恵准教授

研究の背景

日本における死因の第一位であるがんの第四の治療法として、がん免疫療法が注目されています。がん免疫療法では、がん細胞を攻撃するように免疫細胞を教育し、活性化する必要があるため、免疫細胞への生理活性物質のデリバリー技術が重要です。免疫細胞はその機能によってさまざまな細胞に分類されますが、免疫応答で中心的な役割を果たしているのがT細胞です。T細胞にがん抗原を特異的に認識できる受容体(CAR)の遺伝子を発現させることで、がんを攻撃できる免疫細胞として機能するCAR-T細胞を作製することができます。

CAR-T細胞を用いた治療法は「CAR-T細胞療法」と呼ばれ、新しいがん治療法として期待されています。CAR-T細胞の作製では、T細胞にCAR遺伝子をコードした核酸をデリバリーする必要があります。しかし、これまでT細胞の内部にデリバリーできるマテリアルが開発されておらず、現在は無毒化・弱毒化したウイルスが用いられています。安全性の観点から、ウイルスを用いず、CAR遺伝子をコードした核酸をT細胞に効率よくデリバリーする技術が求められています。

研究の内容

研究グループでは、これまでに、T細胞の内部に物質をデリバリーできるデンドリマーナノ粒子を作製してきました。デンドリマーナノ粒子の末端に、疎水性アミノ酸であるフェニルアラニンと負電荷のカルボキシ基を導入することで、リンパ節内のT細胞内部にデリバリーすることができます。

本研究では、このナノ粒子を用いてT細胞へのDNAのデリバリーを行いました。DNAはサイズが大きいため、デンドリマーの内部に搭載することができません。そこで、負電荷をもつDNAと正電荷をもつ市販の遺伝子導入試薬(リポフェクタミン)、そして負電荷をもつフェニルアラニン修飾デンドリマーを混合して三元複合体を作製しました。この三元複合体を、モデルT細胞であるJurkat細胞に添加したところ、DNAとリポフェクタミンを用いて作製した複合体と比較して、遺伝子導入活性の向上が見られました。また、フェニルアラニンをもたない負電荷のデンドリマーを用いて作製した三元複合体を用いた場合は、遺伝子導入活性が大幅に低下したことから、フェニルアラニンをもつカルボキシ末端デンドリマーがT細胞へのDNAデリバリー機能の向上に寄与したことがわかりました。

期待される効果・今後の展開

フェニルアラニンをもつカルボキシ末端デンドリマーは、従来法では難しかったT細胞への核酸デリバリーのための非ウィルス性のマテリアルとして有用であると期待されます。今後、このデンドリマーナノ粒子の構造を最適化することで、遺伝子導入活性をさらに改良し、ウイルスと同等の遺伝子発現効率を示すような核酸デリバリー技術を構築していきたいと考えています。

資金情報

本研究の一部は、大阪公立大学 2022年度 戦略的研究推進事業 重点研究支援(拠点形成支援型)の支援を受けて実施されました。

用語解説

※1 CAR-T細胞療法…患者からT細胞を採取して、がん抗原とT細胞レセプター(T cell receptor, TCR)を融合したキメラ蛋白質(chimeric antigen receptor、CAR)をコードした核酸をT細胞に導入したCAR-T細胞を作製し、これを患者さんに戻すことでがん治療を行う方法。ウイルスを用いて遺伝子導入したCAR-T細胞を用いたキムリア®などが既に市販されている。

※2 T細胞…リンパ球の一つで、表面にTCRを発現しており、獲得免疫において重要な役割を果たす。T細胞にもさまざまな種類が存在するが、CD8という蛋白質を発現しているキラーT細胞は、ウイルスや感染細胞などの標的細胞を認識して傷害する機能をもつ。

※3 デンドリマー…規則的に分岐した樹状構造をもつ合成高分子。数nmの粒径を持ち、サイズや末端数などの構造を精密に制御できる。また、末端にさまざまな化合物を付与することで機能化できるだけでなく、内部に薬物を担持したり、さまざまな生理活性物質と複合化できるため、ドラッグデリバリーや核酸デリバリーに使用されている。

掲載誌情報

【発表雑誌】Macromolecular Biosciences
【論文名】Gene Delivery into T-Cells Using Ternary Complexes of DNA, Lipofectamine, and Carboxy-Terminal Phenylalanine-Modified Dendrimers
【著者】Chie Kojima, Mei Sawada, Ikuhiko Nakase, Akikazu Matsumoto
【掲載URL】https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/mabi.202300139
【表紙URL】https://onlinelibrary.wiley.com/toc/16165195/2023/23/11

参考情報

工学×理学 T細胞内部へのデリバリーに成功! ―デンドリマーを用いたpH応答性デリバリーシステム―〈第4のがん治療法 免疫療法の新技術〉(大阪府立大学 Webサイト)

https://www.osakafu-u.ac.jp/press-release/pr20220126/

研究内容に関する問い合わせ先

大阪公立大学大学院 工学研究科
准教授 児島 千恵(こじまちえ)
TEL:072-254-8190
E-mail:c-kojima[at]omu.ac.jp
※[at]を@に変更してください。

該当するSDGs

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