平成21年度 法学部・法学研究科学位記授与式 式辞(2010年3月24日)
法学部長・大学院法学研究科長 阿部 昌樹
学部卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。そして、大学院修了生の皆さん、修了おめでとうございます。皆さんが、無事この日を迎えられたことを、まずは心からお祝いしたいと思います。
さて、皆さんの中には、あと2年か3年、早く生まれていればよかったと考えている方が少なくないのではないかと思います。
学部卒業者の方は、あと2年か3年早く生まれていれば、企業の求人状況が本年度よりもかなりよかった時期に就職活動をすることができたはずです。そして、もしかすると、来月から勤めることになる会社よりも、もっといいところに就職できたかもしれない。あるいは、就職先は同じであっても、就職活動で、これほど苦労しないですんだかもしれない。そうした思いを抱いている方は少なくないのではないかと思います。特に、2歳か3歳上のお兄さんやお姉さんがいらっしゃる方は、そのお兄さんやお姉さんと自分とで、就職活動のときの苦労の程度がまったく違うことに、かなりの不公平感を抱いている方が多いのではないかと思います。
それから、ロースクールの修了者の方は、まったく別の理由で、あと2年か3年、あるいはもう少し早く生まれていればよかったと考えているはずです。皆さんが受験される新司法試験は、合格者数がロースクールの開設当時想定されたほどには増えていないために、合格率が低下を続けています。それは、要するに、2年か3年前よりも現在の方が、新司法試験に合格することは難しくなっているということです。2年か3年早く生まれていれば、いくらかは楽に新司法試験に合格することができたはずだと考えている方は、少なくないのではないかと思います。
どのような時代に生まれたかによって、あるいは、どのような時期に卒業し、社会に出て行くかによって、いい就職先が見つかったり、そうでなかったりするといったことは、景気が変動する以上は避けられないことです。自分ではどうしようもない制度の変化によって、法律家になりたいという希望がかないやすくなったり、かないにくくなったりすることも、やはり避けられないことだろうと思います。
ちなみに、私が大学を卒業したのは、いわゆるバブル景気が始まる前の1983年で、今ほどではないにしろ、やはり、それほどいい時代ではありませんでした。ちなみに、その当時は、当然のことながら、新司法試験はなくて、旧司法試験は合格者が500人程度で、合格率は3%程度でした。
それはともかくとして、「いい時代」、「悪い時代」ということを考えますと、今から90年くらい前に生まれていれば、男性は、大学を卒業してまもなく徴兵されるか、あるいは、学徒出陣ということで、大学在学中に徴兵され、戦地に行かなければならなくなった可能性が高いはずです。そうでなくても、自由のない、つらい生活を強いられたでしょうし、その点では、女性も同じだったはずです。
そうした時代と比べますと、かなりの就職難の時代ではあっても、まだ幸せということになるはずなのですが、やはり、我々はどうしても、よりよい時代と比べてしまうもので、その結果、不公平だと感じるのは、やむを得ないことなのではないかと思います。そして、その点に関しては、皆さん、本当にお気の毒ですと言うほかありません。
ただ、それでは、あと2年か3年早く生まれていれば、何もかもがうまくいっていたのか、2010年の3月に大学を出ることになってしまったことは、本当に不幸でしかないのかといったら、けっしてそんなことはないはずです。
皆さんは、大阪市立大学で、たくさんの人と出会っているはずです。大学に入る以前の、高校や中学の時代にも、たくさんの人と出会っているはずです。そうしたこれまでに出会った人の中には、「親友」と呼べる人がいるはずですし、「友人」として、あるいはもしかしたら「配偶者」として、これから生涯つきあっていることになる人もいるはずです。そうした大切な人との出会いは、おそらく、あと2年か3年早く生まれていれば、なかったはずです。
そうした、あと2年か3年早く生まれていれば、なかったはずの出会いがあったことを、幸せなことだと思っていただきたいと思います。そして、そうした、あと2年か3年早く生まれていれば、なかったはずの出会いがもたらした産物である皆さんの友人を大切にしていただきたいと思います。学生時代の友人は、やはり貴重です。社会人になってしまいますと、どのような仕事をしているかのよって、つきあいの範囲がかなりの程度決まってしまいますし、友人同士のつきあいに、妙な利害や打算が絡んできてしまったりします。どんな仕事をしているのかということと関係なしに、損得勘定抜きでつきあえるのは、やはり、学生時代からの友人なのではないかと思います。
もちろん、大学はただ単に友だちを作るための場ではありませんので、「いい友だちができてよかったね」、ということで話を終わらせるわけにはいきません。
皆さんは、この大阪市立大学で、人と出会うだけでなく、学問と出会っているはずです。法学や政治学の勉強を、かなりしんどい思いをして、続けてきたはずです。それで何が得られたのかということになりますと、はっきりと言えるのは、「学士(法学)」や「法務博士(専門職)」等の学位を得たということだけです。その学位が、4月からすぐに役立つかというと、ロースクール修了者の方は、「法務博士(専門職)」の学位を得ていることが、新司法試験の受験要件ですから、その限りでは、とても役に立つはずですが、学部卒業者の方にとっては、学位があるから仕事がうまくいくといったことは、ほとんどあり得ないだろうと思います。
むしろ、大学で学問と出会って得たものの中で、もっとも貴重なものは、「私は、ここで、これを手に入れた」とはっきりと示すことができるものではないのではないかと思います。わからないことがあったときに、それを調べる、その調べ方ですとか、自分の考えたこと、思ったことを、他の人にわかってもらえるように話したり、書いたりする、そのやり方といった、「私は、ここで、これを手に入れた」とはっきりと示すことができないようなものが、本当に大切なものなのではないかと思います。皆さん、自分では気づいていないかもしれませんが、大阪市立大学に来る前に比べたら、そうしたリサーチ能力やプレゼンテーション能力は、格段に向上しているはずです。
ただ、リサーチ能力やプレゼンテーション能力は、運動能力と一緒で、使わないと低下します。せっかく身につけたのですから、これからの人生で、うまく使っていってほしいと思います。
というわけで、あと2年か3年早く生まれていれば、なかったはずの奇跡的な出会いの結果である「友人」を大切にしてほしいということとともに、市大で学ぶことによって知らず知らずのうちに身につけているをリサーチ能力やプレゼンテーション能力を、これからの人生で、宝の持ち腐れにしてしまうのではなく、役に立てていっていただきたいということ。この2つを、めでたく市大を去っていく皆さんには贈る言葉とさせていただきたいと思います。
そして、最後になりますが、10年先、20年先、あるいはもっと先になるかもしませんが、皆さんの多くが、この時期に市大で学んで、2010年の3月に卒業、あるいは修了したことは、本当に幸せなことだったと思っていただけることを期待しています。
卒業・修了、おめでとうございます。