平成22年度 法学部・法学研究科学位記授与式 式辞(2011年3月24日)

法学部長・大学院法学研究科長 安竹 貴彦

本日は2つのことを、短く皆さんにお話申し上げたいと思います。

1 主体性をもって着実に、しかし肩の力を抜いて日々を歩むこと。

先日の震災は甚大な被害を直接的・間接的に全国にもたらしました。危機的状況は現在も解消されてはいませんし、将来にも大きな不安の影を落としています。本学においても昨日時点でいまだ安否確認ができていない学生がおられ、皆さんのなかにも御家族・ご親戚・御友人が被災された方がいらっしゃると思います。直接の被害を受けなかった地方-たとえばこの関西でも-なんとなく沈滞と自粛のムードが立ち込めています。そのような状況の中、私自身も含めてですが「何をなすべきか、自分にできることは何であろうか」と自問自答しておられる方も少なくないと思いますし、もう実際に義援金やボランティアなど活動を開始しておられる方もおられるでしょう。
しかし、こういう緊急時であればこそ、こういう困難な時代に大学から社会へと歩を踏み出される皆さんであればこそ、まず自分を見失うことなく、主体性をもって日々を堅実に生きてほしいと切望します。被災された人々・地域あるいは社会のために、自分が何ができるか、何をなすべきかを考えることも勿論大切ですが、自らの課題に日々取り組みながらも、決して思考停止することなく、よく笑い、よく悲しみ、好意には素直に感謝の意を表し、不条理には大いに憤ってほしいと願っています。そしてその中で各局面においてご自身が短期的に、中期的に、長期的にできること、なすべきことをそれぞれ考え続け、また皆さんが在学時代に作り上げた、あるいは今後形成されるであろう多くの仲間たちと議論して欲しいと思います。
ただ、頑張りすぎないでください。これからの皆さんの人生の中には、時には限界までご自分を追い詰めざるを得ない状況もあるでしょうし、周囲の期待に応えなければと感じる時もあるでしょう。そういう時に発揮される力の大きさには、想像以上のものがあります。しかし、それに対する代償もまた想定外であることが少なくありません。また、そういう場合には必死になるあまり、往々にして視野が狭まっていたり、柔軟性を欠いているものです。そういう時こそ意識的に肩の力を抜いて欲しいと思います。そして、もしそういう追い込まれた状況において、「撤退」という選択肢が残されているのであれば、時にはそれを選択することも、どうぞ恐れないでください。ご自身の軸と視線さえブレていなければ、一度は撤退しても再度その困難に改めて向き合うことができると信じます。また、その際に力みがなければ、新たな解決の糸口が見えるかもしれません。
今後の復興や経済活動には皆さんのような若々しく逞しい力が不可欠であり、廻りからも社会からも大いに期待されています。皆さんもそれを自覚し、力一杯実力を発揮したいと思っていらっしゃることでしょう。ただ、何よりも皆さんが存在し、日々を豊かに堅実に歩むことこそが、それに大きく貢献しているのであることを、どうぞ忘れないでいてください。私が皆さんと同世代であった頃には、残りの人生など考えてみることもありませんでしたが、50歳を目前にして人生の後半戦に差しかかってみると-とはいえ、まだ回想に耽ることが許される歳でもなく、日々若い皆さんと接して決して老け込んではいないつもりではありますが、「これまでの人生意外に短かったな。」と思うことが時にあります。皆さんにはその短い人生を悠々として、たっぷりと生きることを心がけて欲しいと思っています。

2 リーガルマインドを涵養し続けること。

皆さんが法学部に入学された時から、我々教員団は皆さんに「リーガルマインド」を涵養してほしいと願い、それぞれの専攻分野に関連する講義や演習を提供してきました。リーガルマインドの中身を一言で形容することはなかなか困難ですが、「論理的思考」はもちろんのこと、それ以外にも「批判的精神」「権利・義務・責任に対する鋭敏かつ理性的な対応」「公平性・公正性への配慮」「自分および他者の尊重」等々、多様な内容を含んでいますし、「(これらを実現する一手段としての)『法とは何か』『正義とは何か』を考え続けること」もこれに含めてよいでしょう。
最近、ハーバード大学の政治哲学のマイケル・サンデル教授の講義がわが国でも大きく取り上げられ、テレビや書籍などで紹介されています。私も放映を見、講義録を読み、自分の提供してきた講義や演習を振り返り、あんな白熱講義ができたらいいなと思ったくちですが、そのうちに一つ気が付いたことがあります。
それは法学部や大学院で提供され、皆さんがその身に浴びてこられた講義・演習は、考察する対象やアプローチの方法こそ様々ですが、その全てが同様の思考訓練を促すものであるということです。皆さんが受けてこられた講義・演習には、サンデル教授のように白熱したものは決して多くなかったかもしれません。しかし、少なくとも単位認定については厳しいと学内でも定評のある法学部や大学院の講義・演習を受け、自学自習し、本日学士号・修士号・博士号を授与された皆さんの内部には、他者との間で彼の白熱講義と同様の議論をしうる、あるいは自問自答しうる能力が既に備わっていると確信しています。
そして、それは皆さんが持つ強力かつ強固なアドバンテージです。今日のような非常時にも、またこれから皆さんがこれからの人生において直面されるであろう様々な状況・局面においても、さらには日々の生活にも必ず大いに役立つものです。先程、「軸とまなざしさえブレなければ大丈夫」と申しましたが、その軸を作る際にもリーガルマインドは大きな力を発揮します。今後もリーガルマインドを常に働かせることにより、不断にご自身で磨きをかけ、より強靱なものに-そして同時にしなやかなものに-育てていってください。
皆さんのなかにはひょっとしたら「自分はきちんと体系的に法学部の講義・演習を履修せず、卒業単位を揃えるのに汲々としていたので、リーガルマインドを獲得できているか不安」と思われている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、心配する必要はありません。たとえ自覚されてはいなくともリーガルマインドの種は皆さんの中に埋まっていて、何かのきっかけでスイッチが入れば発動するはずです。それは今から30年前に市大法学部に入学したものの、ごく僅かな科目にしか興味を持てないままに卒業してしまった私が、この1年間、学部長・研究科長を微力ながら努めてきたなかでの実感でもあります。ただ、繰り返しになりますが、リーガルマインドを発動させそれを育てるためには、主体的に情報を集め批判的に吟味・分析し、自問自答し、他者の意見を尊重しつつ大いに議論してください。時にその皆さんの思考の過程とそこから得られる結論は、周囲の賛同をえられず、原理主義的であるとか、なぜ臨機応変にできないのかとか、あるいは最近はやりの「市民感覚」から乖離していると揶揄・非難されることがあるかもしれません。しかし、簡単には諦めず信念を持って粘り強く-先程申し上げたように一度や二度は撤退を余儀なくされることがあるかもしれませんが、そんな時には肩の力を抜いて深呼吸して、新たな説得の糸口を探りつつ-ある種のしたたかさを持って臨んでほしいと思っています。

もうすぐ約170名余りの法学部生、60名余りの大学院生が大阪市立大学法学部・法学研究科に入学し、新たにリーガルマインドを涵養することになります。彼ら新入生や在学生に対し、われわれ法学部の関係者すなわち教員団や事務は、大学という場で研究・教育を通じ、これからもその涵養の手助けを地道にしかし精一杯続けたいと思っています。皆さんはこれから一足先に社会に出て、それぞれの分野で活躍なさり、彼らが後からやって来るのを楽しみに待っていてください。
大変稚拙で意を尽くせない祝辞になりました。まるで自分がこういう人間になりたいという意思表明のようでもありましたが、これを皆さんに送る祝辞とさせていただきます。本日は本当におめでとうございます。また近いうちにお目にかかりましょう。