平成28年度 法学部・法学研究科学位記授与式 式辞(2017年3月21日)

法学部長・大学院法学研究科長 金澤 真理

卒業生、修了生の皆さん、本日は誠におめでとうございます。ご子息、ご息女を大切に育まれてきたご家族の皆さん、この日を迎えるまでには様々のご苦労があったことと存じます。そのご努力に敬意を表し、こうして共によき日を迎えることができたことを心より嬉しく思います。
人生の門出に立つ皆さん、特に現代社会の問題を深く掘り下げて学んだ皆さんは、社会に出るということが決して一筋縄ではいかないことも感じておられることでしょう。格差や社会のひずみに端を発する問題が日々報じられ、大切な権利や利益が踏みにじられる現実を目にする等、社会の矛盾を既に経験された人もいるでしょう。矛盾を目の前にして、自分が何を学んだのか無力感を感じるかもしれません。大きな壁のように立ちはだかる課題に直面して、たとえいちどは呆然と立ちつくしたとしても、社会の制度やそこから発する問題は、人間がつくりだしたもの。重力や私たちの生命活動に不可欠な大気のように、局所的にコントロールはできたとしても、その全体を変えることができないものとは異なり、時間はかかっても変えられるものです。現実を変えるエネルギーは、いまの状況の問題を見抜く力とその問題状況を他者に働きかけることができるように正しく伝える力です。その力を、少なくとも法学部を卒業した皆さんは既に身につけているはずです。もっとも、その力を発揮しようとしても、多数の者が、「これが普通だ」と現状に疑いをもたなかったり、リーダーが「選択肢は一つしかない」と言い切ったりすると、その発言に引きずられ、それ以上考えるのをやめてしまいたくなるかもしれません。しかし、そこは大阪市立大学で学んだ皆さんには、「ほんまかいな」と疑ってほしい、選択肢を探す努力を放棄しないでほしいのです。社会科学を学んだ皆さんは、偉大な試みが決して一朝一夕で成ったわけではないことを既に知っているはずです。
本日、午前中に行われた卒業式・学位記授与式の会場で、学士院賞を授与された宮本憲一名誉教授に、名誉博士の称号が授与されました。宮本先生は、戦後の日本の公害の歴史を社会科学の見地から分析、研究され、その業績が高く評価されています。しかし、ご研究の当初から順風満帆だったわけではありません。そもそも「公害」という言葉すらなかった時代に、利害が対立する状況において研究を続けることは並大抵ではなかったのです。無理解や偏見に対抗する宮本先生の情熱の源は、「社会科学は、困っている人の悩みや苦しみを解決するためにある」という信念であったということでした。
公害という現象の全体的解明には、社会科学のみならず、歴史や自然科学等他領域にわたる研究が必要です。宮本先生は、研究を進めるにあたり、真実を追究することに対して真摯で、自由を尊重する大阪市立大学の学問的雰囲気が大いに助けになった、この環境がなければ研究成果を出すことができなかったと、名誉博士称号授与を受けて、卒業生、修了生諸君にも、研究を大切にする環境のもとで自由に学んだ経験を活かしてほしいとエールを送ってくださいました。
私はこの言葉に大いに感銘を受けました。悩み苦しむ人にもよりそいながら、虚心坦懐に学び、物事を解明しようとするプロセスにおいて、幾多の圧力を受けず自由に考えることができてはじめて、深い問いを発することができる、本当に選択肢は一つなのか、選択を限っている枠組みを壊すことができないのかという問題の本質に迫ることができると考えているからです。単独でそれが難しいとき、仲間をつくり、問題意識を共有することが、考える自由を確保する力となります。真理を探究し学ぼうとする人に対して、大学はいつも開かれており、また、学ぼうとする限り、決して独りではありません。迷ったとき、立ち止まって考えたいとき、いつでも戻ってきてください。共に考えることが私たちの喜びでもあります。最後にあらためてもう一度、本日は誠におめでとうございました。