令和3年度 大阪市立大学法学部・法学研究科学位記授与式 式辞(2022年3月24日)
法学部長・法学研究科長 鶴田 滋
皆さん、卒業・修了、おめでとうございます。
まずは、皆さんが、ここ2年間コロナ禍が続く中で、様々な制約や孤独に耐えて、学問に励み、法学部を卒業あるいは法学研究科を修了されることに対して、心より尊敬の意を表明します。
ところで、皆さんは、大阪市立大学法学部を卒業、大阪市立大学大学院法学研究科を修了されるわけですが、市大の法学部や法学研究科がどのような目的で設けられているのかをご存じでしょうか。
市大法学部のホームページを見ると、大阪市立大学法学部は、「社会科学的な素養と法的思考力(リーガル・マインド)を身につけ、人権感覚豊かで有能な民主主義社会の担い手となりうる人材を養成することを教育の理念・目的」とするとあります。そして、これに続けて、「こうした人材を社会の多方面に供給することが、日本社会および国際社会の健全な発展と安定に大いに寄与するものと信じる」とも書かれています。大学院法学研究科も、法学部の上に設置されていますので、基本的には法学部と同じ理念のもとに設けられています。
皆さんは、日頃から、法学や政治学に関する様々な専門分野について具体的に取り組んでこられたはずですので、先に述べた理念に基づいて法学や政治学をこれまで学んできたという認識はそれほどないかもしれません。しかし、それぞれの分野を専門的に学ぶことを通じて、皆さんは、「人権感覚豊かで有能な民主主義社会の担い手」となる素養を確実に身につけてくれていると思います。それはどうしてなのかについて、これから具体的に述べたいと思います。
皆さんのうちで、これから法や政治を専門的に扱う職業に就く方は、それほど多くないと思います。そのため、皆さんの多くは、これまで多くの時間をかけて学んだ専門知識の大半を、残念ながら時間とともに忘れてしまうことでしょう。しかし、それぞれの専門分野を学ぶ過程で得られた、法学や政治学の基本的な考え方は、おそらくこれからもずっと身につけていることができると思います。
その基本的な考え方は、主に次の2つにあると私は考えます。一つは、人権、自由、平等、平和、適正手続の保障といった民主主義社会における基本的な価値を理解し、これを尊重できること、もう一つは、論理的思考力により、感情や短絡的な思考に頼らず、冷静に現状分析ができることです。これらの力を使って、社会の中で起こっている様々な事柄について、自らの頭で批判的に考察し、問題提起をすることができます。
このようなことをいうと、法学部を卒業すると、批判ばかりする人が育つだけではないかと思われるかもしれません。しかし、異なる意見があってはじめて、もともとの意見の問題点が明らかになりますし、そこできちんとした議論が行われることにより、よりよい意見が生まれることもあるわけです。このことにより社会が健全に発展していきます。
以上から、皆さんが、「人権感覚豊かで有能な民主主義社会の担い手」となる市民として、社会の多方面で活躍することによって、「日本社会および国際社会の健全な発展と安定に大いに寄与する」ことになる、と大阪市立大学法学部の目的に書かれているわけです。
しかし、残念ながら、昨今の日本社会は、本来、公共的な任務を担うべき行政や司法に至るまで、社会全体が、効率性、有用性、速度により価値が序列化され、いわば「総株式会社化」している、と言われています。すなわち、コストをかけずに、早く、もうけになることが最も高い評価を得る社会にますますなっています。このような、いわゆる「コスパ」を過度に重視する社会が目指されることにより、先程述べた、民主主義社会における基本的な価値、すなわち、人権、自由、平等、平和、適正手続の保障といった重要な価値が、いつの間にかないがしろにされかねない状況に、現在の日本社会は置かれています。したがって、本学で法学や政治学を学んだ皆さんが社会に出ると、今の社会は、大学で学んだ基本的な価値が尊重された理想の社会と違うと思われるかもしれません。しかし、そうであるからこそ、法学と政治学を学んだ皆さんの存在が、今の社会にとって極めて重要であると考えます。皆さんが、現在の社会状況を論理的に分析し、場合によっては、より良い社会にするために民主主義社会の一員として声を上げることが、現在の社会に求められていると思います。
もっとも、これから社会に出る皆さんに、いきなり、社会の現状を批判的に分析し、場合によっては声を上げろ、というのは、どだい無理な話なのかもしれません。かく言う私ですら、これをきちんと実践できているかどうかは心許ないからです。
そこで、皆さんには、これを行うための第一歩として、「『空気』を読んでも従わない」という言葉を贈りたいと思います。これは、脚本家で、NHKのクールジャパンという番組の司会をされている鴻上尚史(こうがみ しょうじ)さんの言葉でして、彼はこれをタイトルとする中高生向けの新書も出版しています。
とかく日本社会は、「同調圧力」という言葉もある通り、その場の雰囲気すなわち空気に流されがちです。しかも、その空気は、力のある人により意図的に作られることもあれば、その場で発言しようとした人が「なんとなくみんながそう考えているのではないか」という勝手な空気の読みにより作られることもあるため、空気に流されても必ずしもよい結果に至るわけではありません。ですから、皆さんには、その場の空気を読んでも、その空気に流されず、その場の意見が本当に正しいのかどうかを自分の頭で論理的に考える癖をつけてほしいと思います。そのような習慣を身に着けることにより、皆さんは、法学や政治学を真に習得することができ、さらに自らの頭で主体的に生きることができるようになります。我々の現在生きている社会では、幸い、その場の空気に従わないと殺されるわけではありませんので、少しずつでもよいから実践していただきたいと思います。皆さんが、将来、本学で学んだことを実践し、民主主義社会の健全な発展に貢献されることを、私は切に願っています。
最後に、この4月より、大阪市立大学と大阪府立大学が統合され、大阪公立大学法学部と大阪公立大学大学院法学研究科が誕生します。この大阪公立大学法学部の理念も、これまでに述べた大阪市立大学法学部の理念と全く同じです。したがって、大阪市立大学法学部は、大阪公立大学法学部に名前を変えても、その理念は大阪公立大学法学部に引き継がれます。ですので、皆さんは、大阪市立大学法学部・大学院法学研究科の卒業生・修了生となりますが、大阪公立大学法学部および大学院法学研究科への応援をどうぞよろしくお願いいたします。
以上、卒業生・修了生の皆さんが、本学で培ったことを将来にわたり実践し、自分を大切に生きてくれることを願って、私の皆さんに対する祝辞を終えたいと思います。