令和4年度 大阪市立大学法学部・法学研究科学位記授与式 式辞(2023年3月24日)

法学部長・大学院法学研究科長 鶴田 滋

 みなさま、法学部卒業、大学院法学研究科修了、おめでとうございます。
 2020年3月にコロナ禍が始まって以来、およそ3年間、みなさんは不自由な生活を強いられてきました。その中で、みなさんは、自らを律し、自らが行うべきことを行ってきた結果、現在ここにいらっしゃることと思います。ここまでよく頑張ってこられたと思います。私は、みなさんを心より尊敬いたします。

 ところで、私は、近年は、主に、法科大学院で授業をしているのですが、私の専門とする民事訴訟法の授業では、論理的思考力の重要性をいつも指摘しています。その際、法学は説得の学問であると述べています。すなわち、感情や思いつきで言葉を発しても、相手を説得させることはできないために、たとえどの立場を支持しようとも、論理的に一貫した立論をすべきである、と述べています。

 このような論理的思考力は、私の専門とする民事訴訟法学では特に重視されていますが、他の法学の分野や政治学の分野でも大切なことであると教えられてきたことでしょう。法学や政治学は主に司法権や行政権といった国家権力の行使を考察の対象としていますが、その強制的な判断が正統性を持つためには、その判断が法に基づくものであり、かつ、その理由付けが論理的である必要があります。論理的に一貫性のない恣意的な国家の判断に、国民が強制的に従わなければならないとすれば、それは適切な国家権力の行使ではなく不当であることは明らかでしょう。このようなことが起こるのを防ぐために、法学部や法学研究科では、論理的な思考力を身に付けることが特に求められているのです。

 しかしながら、私は、民事訴訟法の研究を長く続けているうちに、論理的思考力は重要であると考えつつも、その限界を感じるようにもなりました。民事訴訟法学においては、議論を整理するために、ある論点についての具体的な結論の妥当性を脇に置いて、その結論を正当化するための理由付けの美しさを検証する考察方法がよく用いられています。たしかに、このような考察方法は、中立的な立場から、判例や学説の論理的な一貫性を検証し、問題の所在を明確にするためには必要であると思います。しかし、具体的な結論の妥当性について考察することなく、論理的な一貫性のみを探究することは、単に「論理ゲーム」をしているにすぎないのではないか、とも考えるようになりました。

 このようななか、先日、たまたまNHKのプロフェッショナルという番組を見ていて、「サラダ記念日」などで著名な歌人の俵万智さんが、「言葉から言葉を紡がず。」、「言葉には、心が張り付いている。」と仰っていたのを聞いて、はっとさせられました。俵さんには、なかなかよい短歌を詠むことができず、スランプに陥っていた時期があったそうですが、その原因は、短歌を上手に詠むための高度な技術を用いることばかりに気を取られていたことにあったと述べられていました。「言葉から言葉を紡いでいくと、どんどん心が置き去りにされる」ことに気付き、「言葉と心は一対だということを忘れずに言葉を使う」ようになり、ご自身のスランプを脱出されたそうです。

 短歌と法学の世界はかなり異なりますが、それでも私は、「言葉には、心が張り付いている」という俵さんの言葉から、法学においても、言葉の論理の組み立てのみならず、そこで用いられる言葉の根底にある価値が極めて重要であることを感じ取りました。

 それでは、法学部・法学研究科で学んだみなさんが尊重すべき価値とはどのようなものでしょうか。みなさんが卒業・修了する大阪市立大学法学部・大学院法学研究科の理念および目的は、「人権感覚豊かで有能な、民主主義社会の担い手となりうる人材を養成すること」とされています。そこで、みなさんは、卒業・修了するまでに、それぞれの専門分野における修学を通じて、民主主義社会における基本的な価値である、人権、自由、平等、平和、適正手続の保障といった重要な価値を理解し、これを尊重できる力を身につけてきたと言えます。

 もっとも、民主主義社会における基本的な価値が重要であると実感するのは、みなさんがこれから社会に出てからでしょう。このことは、むしろ、現実の社会においては、このような価値が尊重されない場合があることを知ったときに気付くのではないでしょうか。そのときに、みなさんは、本学法学部・法学研究科で会得した基本的な価値を忘れずに、目先の経済的利益や効率を重視する現実の社会の問題点に気付き、論理的思考力を用いて、人権、自由、平等といった基本的な価値の重要性について、他人や社会に対して説得することができるようになっていただきたいと考えます。みなさんが、社会の各方面でこれを実践してくれることにより、みなさん自身が主体的により良く生きることができるとともに、「日本社会および国際社会の健全な発展と安定に大いに寄与する」ことができるようになると信じています。

 このように、本学で法学と政治学を習得したみなさんは、論理的思考力を、単に相手の意見を抑え込むための手段としてではなく、民主主義社会における基本的な価値を実現し、自らが生きている社会をより良くするために用いていただきたいと思います。

 最後に、みなさんもご承知の通り、20224月に、大阪市立大学と大阪府立大学は統合し、大阪公立大学法学部と大阪公立大学大学院法学研究科が誕生しました。この大阪公立大学法学部の理念も、「人権感覚豊かで有能な、民主主義社会の担い手となりうる人材を養成すること」でして、これまでに述べた大阪市立大学法学部の理念と全く同じです。したがって、大阪市立大学法学部は、大阪公立大学法学部に名前を変えても、その理念は大阪公立大学法学部に引き継がれ、法学部は今年の4月に創立70周年を迎えます。みなさんは、大阪市立大学法学部・大学院法学研究科の卒業生・修了生となりますが、大阪公立大学法学部および大学院法学研究科への応援をどうぞよろしくお願いいたします。

 以上、卒業生・修了生の皆さんが、本学で培ったことを将来にわたり実践し、自分を大切に生きてくれることを願って、私の皆さんに対する祝辞を終えたいと思います。