令和5年度 大阪市立大学法学部・法学研究科学位記授与式 式辞(2024年3月22日)
法学部長・大学院法学研究科長 鶴田 滋
みなさん、卒業・修了、おめでとうございます。みなさんの大半は、大阪市立大学法学部・大学院法学研究科を卒業または修了された方ですが、今回は初めて、大阪公立大学大学院法学研究科を修了された方、および、博士論文の提出により大阪公立大学から博士(法学)の学位を授与された方が出席されています。大阪公立大学が開学して2年経ち、大阪市立大学のみならず大阪公立大学を修了される方が出たことを嬉しく思います。
さて、ここ1年ほどは通常の生活ができるようになりましたが、2020年3月にコロナ禍が始まって以降、みなさんは、大学に来て対面の授業を受けたり、サークル活動をしたりすることができない時期が続き、不自由な生活を強いられました。とりわけ、2020年4月に法学部に入学されたみなさんは、学生生活の大半をコロナ禍で過ごされたことになります。そのような中で、みなさんは、自らを律し、学問に励み、一定の成果を得た上で、現在この場にいらっしゃることと思います。これまでの努力が報われて本当によかったと思いますし、そのようなみなさんを心より尊敬いたします。
ところで、みなさんは、法学部または法学研究科において法学と政治学を学び、その成果として、法学の学位を本日得られ、これからは、法学や政治学の学問を修得した者として、あるいは、そのうちの特定の分野の専門家として社会に出ることになります。
一つの学問を修得すると、その学問分野の基本的な考え方から社会を見る能力を得ることができます。みなさんは、大阪市立大学法学部および大阪公立大学法学部の設置理念、すなわち、「社会科学的な素養と法的思考力(リーガル・マインド)を身につけ、人権感覚豊かで有能な、民主主義社会の担い手となりうる人材を養成する」という理念のもとで、法学や政治学を修得しましたが、そのようなみなさんの場合、主に次の2つの能力を得ることができたと私は考えます。一つは、人権、自由、平等、平和、適正手続の保障といった民主主義社会における基本的な価値を理解し、これを尊重できること、もう一つは、論理的思考力により、感情や短絡的な思考に頼らず、冷静に現状分析ができることです。
みなさんは、これらの力を使って、社会の中で起こっている様々な事柄について、法学や政治学の観点から、自らの頭で考察し、問題提起をすることができます。このような力は、みなさんが社会のどの分野で活躍しようとも発揮できるものですので、みなさんは自信を持ってこれから社会に出て活躍していただきたいと思います。
もっとも、一つの学問を修得することで得られるいわば専門家としての知識には限界もあることは認識すべきであると思います。この点に関連して、私の恩師の一人であり、長年にわたり、水俣病事件訴訟において水俣病患者を理論的に支援されている、富樫貞夫熊本大学名誉教授のお話を少しだけさせていただきます。
水俣病に罹患した患者たちが、水俣病の原因企業であるチッソに対して、不法行為に基づく損害賠償請求の訴えを熊本地方裁判所に提起したのは1968年のことでした。しかし、水俣病は、過去に例を見ない疾患であることから、当時の民法学説および判例理論によれば、加害企業であるチッソの過失を認定することは非常に困難でした。この問題を克服するために、水俣病患者を支援する市民団体の要請により、医学、化学、社会学といった様々な分野の専門家や市民から構成される水俣病研究会が結成されました。富樫教授は、水俣病研究会に参加した唯一の法学者としてこの問題に取り組み、他分野の研究者や非専門家である市民と対等に議論しながら、新たな過失論を構築し、この訴訟において水俣病患者を勝訴に導きました。
このときのことを、彼は、非専門家との「議論を重ねるなかで、専門家の間でしか通用しないある種の常識の限界を知らされ、また、市民感覚に裏打ちされたアマチュアの新鮮な問題提起から教えられることも多かった」と回想しています。そして、「専門分野が極端に細分化した現在、ある限られた分野についての専門家はいても、水俣病事件全体をカバーできる専門家などいるはずがな」く、「この事件全体を関心の対象とする限り、だれもがアマチュアであるほかないように思われる」と述べ、さらに、エドワード・W・サイードの言葉を引用して、富樫教授は、自身が、水俣病の問題に関しては、法学の専門家ではなく、「個人の責任において社会のなかの弱者やマイノリティ集団の問題や意見を『レプリゼント(表象=代弁)』する」という「知識人」としての役割を果たしてきたのではないかと述べています。
以上の富樫教授の言葉から、私は次の二つのことを読み取りました。一つは、自らの専門知識だけでは現実の複雑な問題を解決することはできない場合があるということ、もう一つは、専門知識はアマチュアには分からないことがあるために、ある種の権威を伴うことが多く、その結果として、弱者やマイノリティへの配慮やこれらの者との対話が排除されることがあるということです。
みなさんのなかには、これから大学の研究者、法曹、行政官などの専門家としてこれから社会に出る方も多いと思いますが、みなさんは、「法律がこうなっているから」「制度がこうなっているから」という専門家の論理に閉じこもるのではなく、専門的な知見から得られる結論がそれでよいのかを自ら問うてほしいと思います。すなわち、みなさんの中にある「アマチュア」としての感覚を大事にして、困っている人に寄り添い、その人の悩みを言語化し、既存の制度や考え方に対して疑問を提起することも重要だと思います。むしろ、法学や政治学の専門知識を習得したみなさんがこのようなことを実践することにより、みなさんは「民主主義社会の担い手」としてその健全な発展に貢献することになるのです。もちろん、専門知識を用いて、弱者やマイノリティの立場をレプリゼント(表象=代弁)するという「知識人」としての素養も、みなさんは、前に述べましたこの学部の理念に基づいてすでに修得していますので、社会に出たら自信を持って是非これを実践していただきたいと思います。
最後に、2022年4月に開学した大阪公立大学はこの3月末で2年を迎え、大阪公立大学法学部および大学院法学研究科は、大阪市立大学法学部および大学院法学研究科の伝統を承継しつつ、さらに発展をしています。大阪市立大学を卒業・修了されるみなさんも、大阪公立大学を修了されるみなさんも、引き続き大阪公立大学法学部および大学院法学研究科を応援して下さりますようよろしくお願いいたします。
以上、卒業生・修了生のみなさんが、本学で培ったことを将来にわたり実践し、自分を大切に生きてくれることを願って、私のみなさんに対する祝辞を終えたいと思います。